【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 5/30
《2 メーン》
「メーン」
スマホからはそんな声がたしかにした。聞きまちがいではない。酔っぱらいでもない。はっきり言って、まともではない。
けれど彼にとっては、これが人に声をかけるときの作法なのである。気をつけなくてはならない。
亮介さんという男は、元来そういう人間なのである。ごくふつうの人間にとって、「はい」「ええ」「そうですね」といったことばが「メーン」「ハーン」「おおん」という言い方になってしまう。
摩訶不思議。意味不明。
かんたんにいえば、彼は変人ということだ。じつにわかりやすい。変人ではあるが、気が狂っているというわけではない。そこは彼の名誉のためにいっておく。
「おじさん、ラーメンたべないかい?」
亮介さんがぼくに言った。
「いいですよ」と返事をした。
「チャアー、ハァーンもたべないかい?」
「いいですよ」
「マージンチャーハン!」
と彼はいきおいよく言った。
「・・・(なにいってるんだこのひと)
返事にこまっているうちに、電話は切られた。
亮介さんは、脈絡のない会話をすることがある。おそらくだが「おじさん」というのは、ぼくにたいしてよびかけた。「きみ」「あなた」などの人称に代わり、ぼくのことを「おじさん」とよぶのである。
そして、亮介さんとぼくのあいだで、ラーメンをたべることが約束された。
チャーハンについては「チャアー、ハァーン」と「マージンチャーハン」と彼がいいたいことをテキトーにいっただけだろう。
彼は、じぶんの声に出したい日本語を、相手に理解されずとも、積極的につかっていくタイプの人間なのである。
それに「チャーハン」と「マージンチャーハン」をたべるかどうかはわからない。そもそも「マージンチャーハン」というチャーハンはない。
彼はときどき、いやしばしば、ただただ、言いたいをおっしゃる。どうやら今回の場合、原因は就職活動にあるらしい。
彼があこがれている広告業界では、手数料のことを「マージン」というらしい。その響きをたいへん気に入ったそうで、なにかと「マージン」ということばをつかいたがる傾向にある。
傾向と対策。亮介さんという人間を理解するのは、とても難易度が高い。
ということで、ぼくはラーメン屋にむかう。彼とは懇意なので、ラーメンをたべるということはすなわち、丸田屋にいくと相場は決まっている。
そう、暗黙の了解、大人事情。
ぼくの住むアパートから丸田屋まではあるいて10分くらいである。
店の前につくと、亮介さんはまだいなかった。
コカ・コーラという文字がかすれている赤いベンチにこしかけて、30分ほどまっているとスウェットを着たボサボサ髪の20代男性がやってきた。
「メーン」
彼はまた、そういった。
ーーー次のお話ーーー
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