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黒崎神社式年例大祭、雑惑 #1

やっと来た「運命の日」。12年ぶりである。

この、秋の日の朝のスッキリした空気感。言葉にできない高揚。ドラマチック感。

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あさ7時。12年前と同じ場所が、僕ら「長洞」の陣地になる。黒崎神社の下の駐車場。神社の土手と道路を挟み、駐車場があり、その駐車場のトイレの真正面が陣地。右に大陽、左に小袖。梯子虎舞の梯子を真正面に、入口側の鳥居を左奥に見る陣形だ。

山車のセッティング作業が始まる。

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山車。これも12年振りだ。なんてったって完全に流失した山車を復元とまでは行かないが、それ相応のクオリティのモノを作るのは、さぞ、なんて言葉で表現してはいけませんな。途方もない苦労だったと推察される。

今回の山車は、あくまでも進化過程の途中のもの。外側だけしっかりとしたものを作り、これから何回か五年祭に出場すると装飾も豪華な山車になってくに違いない。

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ちなみに、山車、というよりは屋台と称したほうがしっくりくるかもしれない。人力で牽引するほどの引き手と大きさを両立することができず、この30~40年ほどはトラックの荷台に屋台を載せる手法を取っている。

近年、道交法の規制強化により、「動力を用いて山車を動かす場合、荷台に人が乗ってはいけない」「加えて、屋根を畳まなければならない(=車体からはみ出す装飾があってはならない)」という細かな規定に、山車が、山車作りが翻弄されている。「ならば、山車のエンジンを止めて、人が引くことで練り歩いてはどうだ?」とも言われるかも知れないが、引き手を確保することが今度は懸案になってくる。なんとも締まらない気がする。

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この日、女性陣は朝五時に公民館に集合、化粧を施し、バスに揺られて黒崎神社へとやって来た。あまりにも早く来すぎたためか、テント横で「青空美容室」と題して?ヘアアレンジがスタート。美容室関係者が数人いることも相まって、作業は粛々と進む。

「今回は朝二時から集合、なんて無いから楽だわあ~」なんて言葉が交わされる。本当に。朝二時集合、それでいて、長洞~黒崎(片道8km)を歩いて往復していた時期があったことを思うと本当に今は楽なんだろう、と。

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山車も、踊りも、それだけの熱量を持ってやっていた時期があった。

僕らはそれに追いつけることが、、、たぶん、簡単にはできない。でも、いつか追いつけることができると、今、信じている。

あちこちの祭組が集まり始めた。

大陽、小袖。なぜか遠い順から集まり始めるのは暗黙の了解。曲は流さないにしても、整列の確認やセットの搬入が入念に行われる。

「写真こ、撮るぞ~!」の声で、女性陣と太鼓チームが集まる。「青空美容室」の途中だったらしく、なかなか集まらなかったが、、、パシャリ。

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風が一瞬、西風になり、神社の幟が正面を向いた。

ん?なんか寂しいなあ、と思っていると、「あや~、忘れったが!」。

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そうです。新調した旗を忘れていたのでした。

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駐車場での演舞奉納が始まる前に、神社の階段を上がった境内で奉納してから、各祭組は陣地につく。次第に、揃い始める各組。泊、喜多、中沢。

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中央の集合写真を、横から。思ったよりも才坊振りが多くて意外だな、と。

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泊の踊り手は鮮やかな赤の着物だった。上司が娘さん二人を連れていたので、挨拶をするべく近づいたところ「やめてww来ないでwww」との反応だったので、すごすごと立ち去る。

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梯子虎舞の梯子に目を向けると、虎舞衆が梯子に御神酒をかけていた。トップバッターの出番の長洞も、にわかに慌ただしくなってきた。

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船と太鼓を設置。「御祝い」が始まる。

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整列、、、からが実は長かった。ここで開式に先立ちまして云々。的な挨拶がアナウンスで流れる。過去20年以上にわたって信仰していたS氏が逝去されたことにより、今回から司会者が変わった。女性二人というこれまでとは異なる形態だ。

8時40分の定刻を待ってから、拍手と共に網引きが始まる。

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練習では、網に魚がうまくかからず苦戦していた船衆。練習の甲斐あってか、次々に捕獲を成功させていく。

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網を上げ、旗が上がる。あとは、船衆の顔を隠さないように、無風になってくれれば、、、

上手と下手の両方から、踊り手が櫂を持って入場。

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今回の御祝いの披露にあたっては、様々な議論を直前まで行った。パート分けの是非、人数の調整、男女混合について、など。

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で、あるが、結果的に「これはこれであり」と思った。様々なパートに分けると練習が難しくなるし、練習の簡便さを考えれば、これが一番無難なやり方だったのではないか。

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最後の最後で、恒例の餅まき。セット撤収の仕事があったために、その写真を撮ることは叶わなかったが、、、万雷の拍手が巻き起こった。本当に、「お祭りって、いいなあ」と思った一瞬の出来事だった。


つづく。