【読書録】大好きなほんを探して⑨(2021.9)
もたつく本ともたつかない本がある。
もたつかない本はいい、すらすら進んでいくからかなりスピーディーに自分の中に本の中身がたまる。厚さの分だけ自分の中にすっすっとたまる。インベーダーゲームでザコを次々撃ち落とすみたいにすっすっと快感がたまる。
もたつく本はもっといい。
すらすら進まないからつらい。つらいから読んでいる時に思ったことや考えたことがぜんぶページに染みる。あの本を読んでた時は……あの本は……と一家言生まれてくる。そこからまた新しい考えが生まれる。本が自分の中にふかく根付く。
もたつく本はいいのだ。そのことをもっとわかりたい。
①『アウトブリード』保坂和志
もたつく本の人代表、保坂和志さま。
アウトブリードはいろんなところに発表されたエッセイや、思考の断片もろむき出し文章(としか言いようがない)が集められたもの。
各文章の末尾には発表年と初出媒体が書かれていて、けっこう、最初と最後で5〜6年とか空いてて、ちょっとした保坂文体のおっかけもできておもしろい。
語られていることは相変わらず保坂で、保坂和志はけっこう最初っから保坂和志なんだなあ、プレーンソングも今読んでもスッと入るしなあ、すげえなあ、と思う。『試行錯誤に漂う』とかに比べれば、まだカフカとかの話が少ないだろうか。話のとっかかりを絞らないで、もっと普遍的なところから語り始めようとしている気がする。まあキャリアの初期の文章だし。
樫村晴香というひとも重要人物だ。保坂と同級生だった哲学者が、友人Kだったり、樫村だったり、いろんな呼ばれ方で出てくる。文を読む限りでは同学年でありながら保坂から信頼というよりももっと厚い、尊敬の対象みたいになっている。保坂和志のうねうね文体・うねうね思考のすこし奥には、強靭な知の大系をもつ樫村晴香がいるんだと思うと、彼の著作にも興味が出てくる。
ポケットに入れておいて、保坂和志を読みたくなった時に出したいけど、相変わらずこの辺の保坂和志は品切れ重版未定な感じになっているのが本当に残念だ。もっともっと一般に広がってほしい。からわたしは保坂和志を毎月ここで紹介してます。微力すぎるけど。
②『生きるとは、自分の物語をつくること』河合隼雄 小川洋子
この本のすごいところは、本編とあとがきの間で、河合隼雄が亡くなってしまったことだ。それによって、単純な一冊の本だというのに、劇的な断絶がある。
本編は河合隼雄と小川洋子の対談で、正直、村上春樹との対談とかも読んでいると、真新しさというのはそんなになかった。箱庭の話だったり、物語の話だったり、いわゆる河合隼雄の対談、なイメージ。河合隼雄の単著を読んでないので河合隼雄らしさというのもそんなにわからないけど。
聞き手が小川洋子で、柔和な雰囲気があるのがよかった。
あとがきは小川洋子が河合隼雄亡き後に対談を振り返り、彼のことについてかなり長く書いたもの。「少し長すぎるあとがき」と銘打たれているけど、そうしなくてはいけなかったんじゃないか。
河合隼雄がいなくなったということがどれほどのことだったか、そのことがわかる気がする。
小川洋子に、のほほんとゆるゆると、話しかけていた河合隼雄が、本編が終わるともうこの世にはいない人になってしまう。それが思いのほか読者に重く伝わってくる。
人の不在。中身はもとより、それが響いた。
③『貝に続く場所にて』石沢麻依
群像新人賞受賞作&芥川賞受賞作。
寺田寅彦みの深い本作、「芥川賞ォ……」という感じがしないでもない(?)(関係ないか)。
わたしが滞在しているドイツに、東日本大震災でいなくなったはずの野宮がやってくる。
東日本大震災をどう虚構化するかというのは当たり前だけどかなりかなり難しくて、それは自分が茨城県の日立で実際にあの地震に遭ったからで、あれはほんとに死ぬと思った。「え、死ぬ?w」と冗談めいて思ったその次の瞬間には「w」はどこかに消え去って、肝が冷えた。
幸い、日立の沿岸では、少なくとも僕が目にした限りでは、海沿いの道路が浸ってしまったけど、東北3県のような被害はなかった。だからといって大したことがなかったわけではまったくない。僕は地震に対して呑気に構えている人がけっこう嫌になってる。
リアルすぎるから、虚構化しようとしたってベタベタするに違いない。そもそも小説で読みたいと思わない。あんなものを小説に入れ込もうとするとしたらどうだ。何が書ける。「騎士団長殺し」の描写にだって、正直に言って「ああ、この一節入れたんだね」くらいの感興しか抱かなかった。残念ながら僕にとってはあまり切実さがない読書体験として記憶されている。村上春樹大好きなのにだよ!
ドイツにやってくる、震災で消えた人が。震災から10年経った異国の街に、震災で消えた人がやってくる。
この話にはかなり自然に興味を持った。
それはこの話が話として優れていることに加えて,震災から10年が経った,その時間それ自体が僕にそう思わせるのだろうか。
そういう大きなテーマを扱っているように見えて,実際はかなり癖の強い小説だ。寺田氏とか。夢十夜とか。雰囲気に特徴があっていい。いわるる文学文学してるっていう感じも別に強くない。
読みにくいと言ってこの小説を先に進めない人がいたけど、僕はもったいないと思う。
あとこの作品、映画とかになったらおもしろさ激減すると思う。文章のなかでゆらゆらしている野宮がよかった。姿形が具体性を帯びない、文の上でだけ想像される、それがいい、というか文体がよかったのよね。カギカッコ全然なくて、なんか、さみしくて、お腹の底が重くなった。
④『小説の誕生』保坂和志
これこれ。滝口悠生がぼろぼろになるまで読んだという「小説の誕生」。
文庫もあるけど、文庫すらジュンク堂にない。ジュンク堂にないんだからそのへんの本屋になんかあるわけがない。悲しい。
前に読んだ「小説の自由」の続編っぽいけど、あれを経てのこれだな、っていう感じが確かにする、保坂和志の語りが一段とのっちゃってる。
ふせんを貼りすぎたので、どこから紹介したらいいのか全部わかんないけど、たぶん、保坂和志に言わせたらそんなふうに付箋に頼って部分的に紹介するみたいなのは愚の骨頂で、この本を知るというのはこの本を読んでいる時間の中でしか実現されえないのだから、そんな断片的な紹介でこの本で語られていることを狭めたりしちゃいかん、ということになるだろうな。
総じて、何つーか,そういうことが書かれているというか、要するに普通の小説論っていう感じが全然ない。保坂和志の考えの中に頭を突っ込む。考えの中に頭を突っ込んで、で、頭でっかちに小説を読むことをやめる。そうそう、ヴァージニア・ウルフの話とか出てくる。「灯台へ」をめっちゃ読みたくなる。保坂和志のすごいとこのひとつには、こういうとこで扱う本を、ほんとに読みたくさせるところ。小島信夫とかもそう。
小説の自由、小説の誕生、と読んできて,いよいよ自分も、小説にまつわるいろんな束縛から離れて,好き勝手読み始めようとしているような。
(どっかで相変わらず三島由紀夫がボロクソ言われてた気がする)
これを読んだあたりでか、いよいよ保坂文体の呼吸に僕自身すっかり取り込まれてしまったのか、他の文章を読むのがちょっときついような……
保坂の後に「大衆の反逆」読んでたら難物で、あんまり9月は読めなかったな。
そういうときもあるな。
ブルーピリオドの最新巻はなんか話があっち行ったりこっち行ったりしてるけど箴言はやっぱりあった。
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