見出し画像

ある夜明け前、彼女の横顔

「夜明けのこと、昧爽っていうんだって」
ご来光を待つ山頂で、隣の彼女がぽつりとこぼした。

夜明け前。真夏だというのに、ダウンを着ても指がかじかむ。地上では連日猛暑日が続いているというのに、三千メートルを超えた山の上ではそれこそが幻みたいだ。
だからかもしれない。その言葉を聞いて、なぜかぞくりとしたのは。

「……まいそう」

小さな声で繰り返して、浮かんだ漢字は埋葬だった。
さすがにそれは違うだろう。だが、果たして何が正解なのか。わかるはずもないまま、だんだんと東の空が白んでくる。薄明かりがさして、光が現れる。闇に奪われていた影が戻ってくる。


まるで、自分が塗り替えられていくみたいな感覚。

もしかしたら私たちは毎日毎晩、夜のうちに自らを殺して闇に葬って、そして朝を迎えているのかもしれない。明け方の空に自らの亡骸を埋葬して――なんて。

夜明けの空を見上げるたび、ふと私はそんなことを考えてしまうのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?