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17歳

深呼吸をしたいと思い、大きく息を吸い込んでみた。
鼻から口から、新鮮な空気が私の体に流れこんで眠気も疲れもこのぼんやりとした気持ちも全部吹き飛べばいいと思った。

でも、教室の空気は淀んでいた。思わず吸い込んだ空気を吐き出してしまう程に。
隣から漂う香水の匂い。誰かのバッグから染み出ているお弁当の匂い。
誰かのシャンプーの匂い。そんな匂いがミックスされて私を取り囲む教室中の空気は淀んでいた。

私たち、まだ十七歳なのに女の匂いなんて撒き散らして、一体誰を誘惑しようというのかしら。

斜め前に座って授業を受けているクラスメイトのピンと伸びたつけまつげを見て私はぼんやりそう思った。彼女は黒板の前の先生の話しをつまらなそうに聞きながら、長く伸ばした爪でタンタンと机を叩いていた。その小さな木を弾くかのような音は淀んだ空気のこの中でハッキリと私の耳に響いていた。

居心地が良くて、眠くて、それでいて退屈。

ぽかんと間が抜けたような午後の授業。あまりにもゆっくりと時が過ぎていく。私が板書を写そうが写さまいがお構いなしに先生は授業を黙々とつづけていく。

私は襲いくる睡魔に流されかけながらつらつらと流れるように軽快な数学の用語を語る先生の話しに耳を傾けていた。

「ねえねえ、」

私の背中がつつかれると同時にななめ後ろから声がする。

「知ってる?ユミさ、通勤電車で大学生にアドレス渡したらしいよ 」

ふりむくと、ナミが楽しそうに私に話しかけてきた。

「へえ、ユミ、この前も工業の男子にアドレス渡してなかった? 懲りないねえ」

適当なあいづち。ほんとに、と笑いながらナミは用が済んだのかノートを写す作業に戻った。

なんにも起こらない。十七歳の時間なんて。

十七歳になるまでは、十七歳、っていう響きが妙にくすぐったくて、少し大人びていて、その響きに酔っていればなんだか毎日が素晴らしいことの連続なような、気がしていた。

多分、漫画とか、ドラマとか、雑誌とか、そういうものの先入観の、せい。

それが実際なってみれば、淀んだ空気の教室で眠たくなりながら先生のお経のような声を延々と聞くことの繰り返し。

ドラマみたいなことなんて、何一つ起こらないし、最近起こった出来事といえばユミが誰彼構わずアドレスを渡しまくっている、っていうユミのビッチ化、くらい。

あーあ、早く卒業して自由になりたいなあ。

私は黒板の上で止ることなく動いている時計を見ながらそう思い、机の上につっぷした。


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