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#先日の余談

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書き直すことがが少なくなってきた。(投稿してから数日は修正追記していますが♪)
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#赤穂

木嶋神社の神幸祭では広隆寺に里帰りするって聞いたことがあります。

#先日の余談 昨日(10月13日)、台風19号の影響で開催が危ぶまれていた太秦の例祭・神幸祭(木嶋神社・通称「蚕ノ社」)は無事執り行われた。昨年は台風21号が直撃したこともあって中止(居祭)となったこともあるのでヤキモキしておりましたが、早朝から準備されていた神輿委員、奉賛会、木嶋神社の関係者の皆さんには感謝しております。 僕は太秦に移り住んでからは毎年ご奉仕しておりますが、御神輿が氏子の各町を廻る渡御ルートの中にお寺(広隆寺)の境内が含まれているのはまぁまぁ珍しいと思う

「赤穂ギャベおひろめ工房展のご案内」を、ご紹介。

#先日の余談 僕が赤穂と関わり始めたのは、2008年に京都の文椿ビルヂング(三条烏丸西入ル)で開催された「幻の『赤穂緞通』展」からだ。 当時、地図をベースにしたフリーペーパーをつくる仕事をしており、その延長で関わるお店の企画やイベントをお手伝いすることがあって、文椿ビルヂングに入っている「椿ラボ京都」にて開催する展覧会をお手伝いしたという流れだったと思う。 文椿ビルヂングは大正9年に建てられた木造の洋館。三条通りには他にも希少な建築物がいくつか残っており、大正ロマンの名

赤穂緞通最後の織り元は御崎の「西田緞通」(転載投稿)

#先日の余談 「赤穂民報」平成14年8月24日号より転載 同記事が友人のウェブサイトに転載されていたが、最近そのページをクローズしたので記録としてココに残しておきます(承認済)。 冒頭の写真は僕が初めて赤穂を訪れた日に撮影されたものですね。記事とは関係ありません。(2019年9月) 。。。。 「赤穂民報」平成14年8月24日号 赤穂緞通「最後の織り元」西田進一氏逝去 その製造技法が赤穂市無形文化財に指定されている赤穂緞通の制作に永年携わってきた御崎の西田進一氏が今年5

赤穂市の「坂越の船祭」に行ってきた!獅子舞は露払いだろうな♪

#先日の余談 10年ほど前から御神輿を担ぐ機会があって、今の住まいがある京都市太秦に引っ越して来たのは6年ほど前、、引っ越してから氏神様は何処だろうか、御神輿は担がれているんだろうかと周辺を散策したのが懐かしい。 氏神様は「木嶋神社(木嶋坐天照御魂神社)」というお宮さんで、聖徳太子や弥勒菩薩半跏思惟像(国宝)が有名な「広隆寺」も自宅から同じぐらいの距離にあったりと流石は京都という印象である。そんな木嶋神社を調べる機会があって、いろいろ調べてみると秦始皇帝とか古墳時代や大和

「一日中歩き回りたい、小さな丘からのメッセージ。」 そこに暮らす人々の呼吸や暮らしぶりを紹介されている御崎灯台が丘

サハラ事務所Facebookページ内のノートより転載・加筆編集 #先日の余談 僕と御崎灯台が丘様とは、赤穂緞通のご縁からだったと思います。 僕のうちには和室と板間の部屋があって、畳の上には半分くらいカーペットを敷いてる部屋もあります。(最近、マンション住まいだと畳はむしろ珍しいですね…) 畳の部屋は家具や生活スタイルによっては、その上に敷物を用いることも多いと思います。絨毯、ラグ、カーペットがもっとも一般的だと思いますし、茶室などでは毛氈(もうせん)も見かけること

播州赤穂・御崎地区、小さな灯台のある街。

#先日の余談 飲みの席で初めてお会いした方に赤穂御崎周辺を案内してもらった。ずっと徒歩でしたが、御崎の坂道から瀬戸内の海岸沿いをぐるりと5時間ほど!僕より30歳ほど目上の方ですが、健脚は宝ですね! と、その時の様子を備忘録としてまとめておく。 赤穂市立美術工芸館 田淵記念館の前で待ち合わせをして、裏の坂道を上がる。けっこうな坂なんだけど、集落が集まっていることもあって、その土地の匂いや景色が広がる。この辺りはランドマークとして赤穂御崎の高台に「白亜の御崎灯台」とい