2020 第4節 : サガン鳥栖 VS サンフレッチェ広島

2020シーズン第4節、サンフレッチェ広島戦のレビューです。

結果

画像5

(サガン鳥栖公式Webサイトより引用)

スタメン

画像1

再開明けから起用されていましたが、思うように攻撃の引き出しやフィニッシュ対応ができなかったレンゾロペスに代わって豊田がスタメンに復帰。中盤は原川に代わって梁がボランチの位置に入り、松岡は列を一つ上げてインサイドハーフにポジショニング。前節負傷で途中交代した宮に代わって原がセンターバックの位置へ。サイドバックは森下が務めます。

広島の攻撃と鳥栖の守備

画像2

この試合の特徴としては、ボールを保持したいチーム同士でもあり、相手からプレッシングを受けた場合、ビルドアップの起点に人数をかける事によって、絶対にボールを失わないという意思表示を双方のチームが見せた点でした。広島のボール保持の立役者は青山と川辺、鳥栖はボール保持のタクトを振ったのは梁であり、そして支えたのがエドゥアルドと高丘でした。

試合序盤は、鳥栖としては守備が整わないうちにテンポの速い広島の急襲をうけて何本かシュートを打たれてしまいますが、リトリート守備でなんとか無失点でしのぎ切ります。それからは、徐々に広島の攻撃の仕組みにアジャストしていき、少しずつ鳥栖が守備で自分たちの形に誘導する仕組みを取れてきました。

広島はビルドアップを後ろの3枚で構成し、状況に応じて川辺と青山がボール保持のフォローに入ります。鳥栖のプレッシングのスイッチは言わずもがなの豊田。豊田のプレッシングを合図に佐々木に対してはチアゴ、野上に対しては小屋松が列を上げて対応します。さらに、広島のサイド(ハイネル、清水)に対しては、森下、内田が列を上げてプレッシング対応を行ってサイドの封殺を試みました。

大分戦、神戸戦では相手の幅を取る選手をサイドハーフの選手が見て、最終ラインの人数を確保していましたが、今節はサイドバックの選手がサイドに幅を取る選手に対して積極的にプレッシャーをしかけました。広島がワントップ+セカンドトップというのもあり、配置的にはサイドバックが出ていきやすい環境下にあったというのもあるでしょう。特に清水にボールが入った際には即座に森下が反応して積極的にプレッシングをしかけ、広島がサイドに出口を探ろうとした際の狩りどころにしようとする意図を感じました。ハイネルのサイドは小屋松と内田が状況に応じて判断していた模様でした。ハイネルサイドはやはりかわされると一気にゴール前まで運ばれる可能性があるため、やや慎重に対応していた感があります。

鳥栖は、中央の守備のために豊田に課せられたタスクが多く、運動量豊富に林、荒木の双方を見る役割をこなしていました。最終ラインとサイドに対してプレッシャーを仕掛けられた広島は、青山と川辺のポジショニングでボール保持の継続、さらにはビルドアップの出口への経由地としての役割を果たします。川辺、青山に対しては、松岡、本田が付きやすい状況にはあるのですが、ターゲットとなる選手が最終ラインまで落ちた時にどこまでついていくのかというのはひとつの判断のポイントでした。松岡、本田が上がっていったエリアに、東、森島が下りてきてビルドアップの出口とする形が見えているからですね。

広島がひとつ見いだせていたスペースはセンターバックの脇のスペース。鳥栖が全体を前からプレッシングする際に、サイドバックが積極的にウイングに着くため、鳥栖としてはインサイドハーフの裏&センターバックとサイドバックの間のエリアは(リスクだと認識した上で)空けてしまうスペースとなります。ペレイラとしては、そこはひとつの狙いどころであり、ビルドアップの出口の一つの選択肢として、何度か流れて受けようとする動きを見せていました。

そこで鳥栖が立ちはだかったのがエドゥアルド。これまでの守備の形では、彼のタスクとして中央の狭いエリアで相手フォワードとの静的なマッチアップとなるケースが多く、対人守備がベースとなっていましたが、今節の守備は(特にプレッシング時は)対スペースとなる守備がメインとなり、彼の持ち味である「予測」と「動き出しの速さ」が最大限生かせる状況下にありました。

守備において、味方がどのように動くのか意思が統一されており、空いているスペースがどこであるのか把握できていれば、相手が狙いたいエリアも予測の範疇となります。そうすると、守備側としては詰将棋のように論理的な思考の中での守備を実践でき、守っている本人としても意外と楽しかったりするものです(笑)

逆に、味方のプレッシングのポジショニングのズレや、マーキングのズレによって想定外のスペースを与える状況に晒されると、最終ラインの守備としても選択肢が多くなり、非常に難しくなります。今節は、チームとして、高丘、原、エドゥアルドの守備範囲の広さを生かせる形が出来ており、そして存分に彼らの能力を発揮することができました。

広島がうまくボールを運んで、鳥栖が自陣に撤退してからは縦関係であった梁と松岡のポジションが、中央に二人並ぶような対応を取ります。本田がボールの位置に応じてうまくポジションを調整して4-5-1から4-4-2への変化を見せながらの守備となりました。最終ラインでのブロック時においては、広島がボールを下げた時に、両サイドの小屋松とチアゴが列を上げて全体を押し上げる動きを見せていました。ブロック守備においてラインをあげることは、相手をゴールから遠ざけるという事にも繋がるので、広島がボールを下げた時にしっかりとプレッシャーをかけてラインを上げるタイミングを作れたのは良かったです。この動きがあったからこそ、カウンターの起点となるポジショニングを高い位置に取ることができ、最終ラインでボールを奪ってからのパスのファーストチョイスがチアゴや小屋松という機会も作れました。

鳥栖の攻撃と広島の守備

攻撃はリズムとテンポであり、それをどう作り上げるかというのはピッチ上の選手たちが表現するものです。鳥栖には豊田の高さという強い武器があり、セカンドトップが松岡と本田だったので、蹴りあいに持ち込んでひたすらセカンドボールを狙わせるという、キック&ラッシュでの前進という選択は十分に可能でした。鳥栖のキック&ラッシュに対して広島がショートカウンターという様相になると、非常にテンポの速い攻撃の応酬となりえていたかもしれません。

しかしながら、鳥栖がこの試合での戦い方で選択したのは、ボール保持とショートパスによるビルドアップ。そして、そのゆったりとしたリズムとテンポを作ったのは、まぎれもなく梁でした。梁が見せてくれたプレイは、ボール保持はこうやったらできるのだよというまさにお手本のようなリズムとテンポづくりでした。広島がセカンドトップを含めたプレッシングに対して、梁のサポートで数的不利となる状況を回避し、ボールを引き出せるスペースにポジションを取ります。さらに、高丘を使う事によって、広島のトップ+セカンドトップのプレッシングに屈しないボール保持を継続します。

ボール保持も、相手に屈してただ下げながらのボール保持ではなく、相手のポジションとプレッシングの方向を見定めつつ、プレッシャーをかける1列目そして青山、川辺の2列目との間で上手にポジションを受けとりながら、はがしてエリアを前進するという形づくりを見せてくれました。エリアを前進させると、広島は二度追い、三度追いという形ではなく、自陣に撤退してからの守備ブロックという形に移行しました。これによって、ますます鳥栖はボールを握れる状況を作れる事になります。広島としてもプレッシング守備がうまくいってなかったことでフラストレーションがたまっていたみたいで、特に前線の選手たちが選手を捕まえにいこうとしても簡単にはがされて後ろが連動できていないことに苛立ちを感じていたのか、ベンチとのやりとりや選手間でイライラしながら話す様子もありました。

鳥栖の攻撃のスイッチと緩急の付け方

画像3

鳥栖のビルドアップからの攻撃のスイッチは3つ。梁と高丘が最終ラインでのボール保持に貢献してくれるので、両サイドバックがサイドで高い位置を取ることが可能になります。(これが大分戦レビューで指摘していたポイントとなります。)これによって、最終ラインからサイドにボールが入った時に、ウイング、サイドバック、インサイドハーフの3人によるグループによる崩しが可能となりました。25分の内田から小屋松への長いボールが繋がったシーンのように、これまであまり見られなかった、サイドバックが相手のウイングを引き付けて、鳥栖のウイングを走らせるように裏のスペースにパスをだす形なども見ることができました。

もう一つは最終ラインからの長い展開。ターゲットは豊田、チアゴ、小屋松。鳥栖としては特に豊田の高さはストロングポイントの一つでもあり、有効に活用したかったところではありましたが、実際のところは広島の最終ラインの方がハイボールに対する競り合いでは分があり、長いボールを制してボール保持を継続する形は大きく有効であったとは言い難いものでした。特に、広島の左サイドのストッパーの佐々木は非常に高さのある対応をしており、豊田やチアゴが相手であったのですが対空中戦でデュエルは全勝というデータが出ています。鳥栖の攻撃の跳ね返しに多大に貢献していました。

最後のスイッチですが、インサイドハーフの松岡と本田が前を向いてボールを受けた瞬間です。梁が作り出すリズムは、緩急で言う所の「緩」です。彼のリズムづくりによって、鳥栖がボールを保持して相手の隙を見つけ出すための時間を作りだすことができます。しかしながら、それは相手のゴールから遠いエリアだからこそ作り出せるものとも言えます。相手のゴール前に近づくとディフェンス陣も勢いをもって襲い掛かってくるので緩やかなままではゴールに迫ることはできません。そういった緩急の「急」のスイッチを入れるのは松岡の貢献度合いが非常に高かったです。

梁がつくりだす「緩」と松岡が作り出す「急」の効果で一番わかりやすいのは、37分から38分にかけたシーンです。この時間帯は、鳥栖がボールを保持してから実に37回ものパスをつなぎ、ミスによるボールロストなどなく、最後は広島のゴール前に迫るラストパスを送り込める攻撃を作り上げました。そして、驚くべきことに、最後のクロスの受け手となった本田に経由するまで、なんとピッチ上にいるすべての選手がボールに触れているというチーム全体を駆使したビルドアップだったのです。せっかくカウントしたので、パスのすべての経緯を載せておきます(笑)

画像4

つなぎの中での立役者となったのは、エドゥアルドと梁、この二人が広島のプレッシャーを抜ける形で顔を見せる事によって、ボール保持の時間づくりに貢献します。ボール保持しつつサイドからの突破を図ったり、豊田に預けて中央の起点を探ったりと、広島の守備のどこかにほころびが出来ないかといろいろとパスコースの探りを入れ、チャレンジをしつつもボールはロストせずという形を繰り返しました。

そして、ついに、ご褒美の瞬間が訪れます。鳥栖の左サイドでのボールのつなぎから、高丘を経由して右サイドに展開しようとしたときに、広島のトップ+セカンドトップのプレッシングに対して、両ボランチのスライドに遅れが生じます。そのスライドの遅れを察知して「セカンドトップの裏+ボランチの脇」のエリアにうまくポジションを取った松岡へ高丘が好パス。そしてボールを受け取った松岡は前を向いた瞬間に、攻撃のスイッチを入れるべく猛然とスピードアップしたドリブルが始めます。そこから右サイドのチアゴに渡して、中央に入ってくる本田へとクロス。本田の胸トラップが少し流れてしまった事によってシュートまでは至りませんでしたが、チーム全体が関与して得点の可能性を感じさせる非常によい攻撃でした。

松岡がいつものアンカーから1列前のインサイドハーフに入ったことによって、攻撃のスイッチを入れるスイッチングの効果が高く表れていたかと思います。42分も同様に広島のセカンドトップの背後で待つ松岡にボールがはいると攻撃のスピードがアップ。即座にチアゴに展開して豊田の惜しいスライディングシュートにつながります。どちらも、松岡のテンポアップからチアゴを経由してのクロスという攻撃でした。

それにしても、広島の3人のセンターバックの守備力(集中力)は本当に見事でした。鳥栖のラストパスの精度のなさに助けられた点もありましたが、ビルドアップで崩されても最後は体を張って、また、ボールに適正にアタックしてシュートを防ぐ守りは見事でした。

攻撃の緩急といえば、ボール保持へのこだわりなのかは分かりませんが、スイッチを入れたい場面で、早い攻撃を仕掛けられるチャンスを迎えながらも、スピードを上げられなかったシーンがありました。

例えば、50分のシーンなのですが、エドゥアルドがカットして小屋松に渡し、自らも上がっていこうとしたところで小屋松が緩急の「緩」を選択してしまいました。前線には豊田、本田、逆サイドにはチアゴ、中央のスペースにはエドゥアルドがいて、自分の目の前には川辺だけという状況だったのですが、攻撃のスピードを上げる事が出来ず、のんびりとボールを保持している間に広島の守備陣を帰陣させてしまうことになりました。絶好のカウンターの場面で、前節はエドゥアルドに早めに渡しすぎて攻撃のチャンスを逸し、今回はエドゥアルドに渡さない事で攻撃のチャンスを逸してしまったのはなんとも皮肉ですよね。

ビルドアップの目的はボールを前進させて相手ゴール前でのシュートチャンスを作る事なのですが、そのためには相手のプレッシングをかわす必要があります。カウンターの場面は、極端に言うと、ビルドアップによる剥がしや崩しを省略した局面が目の前に準備されているようなもので、特に相手が攻撃にかける人数(前線に残っている人数)が多ければ多いほどチャンスの度合いは高まります。

確かに、カウンターの場面であっても勝負するにはリスクが伴います。全体が上がろうとするところで奪われてしまったら、逆カウンターで味方の守備のセットアップが整わないうちに攻撃を受ける可能性があります。しかしながら、それを躊躇してしまってはシュートの機会づくりを逸してしまいますし、得点の数も上がっていきません。堅いブロックを崩すのに難儀しているならばなおさらの事、積極的に仕掛けていってほしいなと思いました。

試合全体の流れとしては、互いにボールを握りつつチャンスを演出はしますが、決定的なシュートの機会までは作れずという状況が続きました。公式記録ではサガン鳥栖のシュートは5本、サンフレッチェ広島のシュートは8本。互いにアグレッシブに攻撃を仕掛けて試合にしてはシュート数の少ない展開となりました。

最大のチャンスは広島が86分に迎えたドウグラスビエイラが抜け出したシーンでしょうか。広島が選手を入れ替え、トップの人数を増やしてからまだ鳥栖がしっかりと広島の変化にアジャストできないタイミングでしたが、これまでと同じようにプレッシング守備を仕掛けたため、エドゥアルドが川辺に対してプレッシャーに出るという、列を飛び越えた守備が行われます。この隙を見逃さなかったのが青山で、それが青山である所以であるのでしょうが、エドゥアルドが空けたスペースに向けて飛び出したドウグラスビエイラに絶妙なスルーパス。彼が外してくれて事なきを得ることができ、スコアレスドローで勝ち点を1ずつ分け合う事になりました。

リモート応援システムについて

試合中、スタジアムではスピーカーからサポートソング、チャント、拍手が流れていました。スマートフォン専用サイトの「応援ボタン」をタップした人数に応じて、スタジアム内に設置したスピーカーから歓声や拍手の音を流すことができるシステムとの事。

スタジアムでの観戦は、いまそこにある勝負、スポーツという、ルールを通した戦いを見ているのであり、定められた筋書きが見えないからこそ興奮し、楽しめるものであります。そこに、ほんの少しでも、人工的に作られた不自然な要素が入ってくると、すぐには受け入れがたいというのが本音です。年を取って頭が固くなってしまったのでしょうか(笑)でも、エドゥアルドのナイスクリア、梁のナイスパス、松岡のナイスランニング、これらのプレーの後であっても、延々と豊田のチャントが流れているのは私にとっては「違和感」しかありませんでした。

また、こういう機会だからこそ、普段、ゴール裏サポーターが歌っているときには聞けないような、ベンチからの要求の声や、選手たちが指示しあう声が聴ける良いチャンスだったのですが、そういった生の声を聴ける機会も残念ながら逸してしまいました。ベンチからの指示によって、ピッチの状況がどのように変化するのか見る事ができるのもサッカーの醍醐味の一つなのかなと思っているだけにですね。

リアルタイムで見ているサポーターたちから自然と発生する声援や拍手、ため息こそが選手たちの心をゆするものだと信じています。選手たちは試合に集中しているので、プレー中、常に我々の声が届いているわけではないかもしれません。

しかしながら、声は届かなくても、我々は確実にスタジアムの「雰囲気」を作っています。試合終盤のあのスタジアム全体が勝利に向けて後押ししようという空気こそ、相手選手も嫌がる「鳥栖タイム」が生まれる源であり、決して我々が発している「声」からスピーカーからの「音」で代替できるものではないと自負しています。

だからこそ、観客がいない試合ならばともかく、観客を入れ始めてからの試合におけるリモート応援システムに何を求めているのか気になります。

おわりに

攻撃時において、まずはテンポを落としてボールポゼションをとる形を取りつつ、タイミングが来たらスイッチを入れて一気に攻めあがるという、緩急のある攻撃は、また新しいサガン鳥栖の可能性を見る事ができました。梁やエドゥアルドという新戦力が徐々に力を発揮して、チームにフィットしてきたので、初ゴール、初勝利もすぐに訪れることでしょう。期待しています。

■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)

・ トランジション
攻守の切り替え

・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。

・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。

・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置

・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ

・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側

・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央

・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側

・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き

・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス

・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事

・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事

・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?