無配ペーパー「四小節」Web再録

COMITIA120で配布しました無料配布ペーパー小説「四小節」を、1年経ったのでこちらに掲載いたします。

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 一、二、三、四、五、六、七、八―――。
 一、二、三、四、五、六、七、八―――。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて。
 息をするのがこんなに大変なことだったなんて知らなかった。今まであんなに、気にも留めないくらいに何回もやってきたことなのに。どうしてこんなに苦しいんだろう。
 今日は友達の家に遊びに行って、友達が飼っている犬と庭を走り回っていた。僕の家はペットが飼えないから、犬会いたさに遊びに行っているようなものだった。
 その帰り道。目の前に黒猫が現れた。黒猫が横切ると不吉なことが起きる、なんて言うけど、僕にとっては猫が自分の目の前を横切ること自体が、ちょっとした幸運だ。そんなことを言い出した人はきっと、猫が嫌いだったんだろう。
 黒猫は道路の向こう側に行こうと、車道を渡り始める。その方向を見ていたら、車が一台走って来た。黒猫がちゃんと渡れるか心配になって見ていると、黒猫は道の真ん中で止まってしまった―――。
 そうだ、黒猫。ちゃんと抱えたはずの黒猫は、腕の中にいなかった。目を開けてもよく見えなくて、首を動かすことも出来ないので、気配だけで黒猫を探してみる。わかったのは、僕は日陰にいるということだけだった。人みたいだけど、騒ぎもしないでじっとしているので、ちょっと怖かった。
 ふと、影の人が僕の手を握って、僕に声を掛けた。大人の、男の人の声だった。

「君、あったかいね」

「自分が相手の手を温かいと感じている時、相手は自分の手を冷たいと感じている」、という話を聞いたことがある。僕はこの人の手を大きな手を、温かいと感じている。じゃあ、この人は僕の何が温かいと言っているんだろう。

「でも、寂しいね」

 温かいの次は、寂しい。僕の何が寂しいんだろう。一人で歩いていたから? でも、家に帰ればお父さんとお母さんがいる。学校に行けば友達や先生がいる。寂しくなんかない。どうしてこの人は、そんなことを言うんだろう。
 もっと、ちゃんと考えようと思っても、頭がぼうっとして駄目だった。影の人の手が僕の頭を撫でる。その手はなんだか、ふわふわしている気がした。

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