見出し画像

分子病理専門医試験 こうやって受かったよ


0.そもそもの始まり

 吾輩は卒後10年ちょっとの病理医である。病理専門医を取得後、初めての更新を終えた2022年の年末のことであった。
 解剖当番もなく、帰省に伴いぐうたら生活を満喫していたある日、父から
「私は先日行われた第3回の分子病理専門医試験を受けた。君も来年受けなさい」
 と言われた。父は先日定年退職し、今は非常勤で働いている歴戦の病理医である。その年になってまだ新しい資格を取ろうと思うその熱意はどこから来るのだろうか? 少なくともその熱意を産生する遺伝子は私には受け継がれなかったようだ。内心(病理専門医試験と細胞診専門医試験が終わった時に、もう2度と試験は受けなくていいと思ったのになぁ……)と思いつつ、私は粛々と「ハイ」と答えた。長いものには巻かれる主義だ。
 しかし私は一人で黙々と勉強をする、というのが苦手である。一人で机に向かった次の瞬間、ツイッター(その頃はまだXではなかった)を開きネットサーフィンで時間が溶けるのは目に見えている。
 というわけで、病理専門医試験の時に一緒に勉強をしてくれたA先生を巻き込むことにした。

私「A先生、来年一緒に分子病理専門医受けない?」
A先生「ええよー!」

 打てば響くA先生。持つべきものは友という名の道連れだ。ありがとうA先生これからもよろしく。
 こうして2022年の年末から私とA先生の分子病理試験対策が始まった。


1.はじめに確認すること

 まずはA先生とオンライン通話をしながら「受験資格」「試験を受けるのに必要なこと、もの」「試験の日程」の確認をした。これは毎年改定される可能性があるので、これから受けようと思っている先生は「分子病理専門医試験」でグーグル検索するか、日本病理学会のホームページで「分子病理専門医」を検索して欲しい。
 当時我々に必要とされていたのは

・エキスパートパネルへの参加とその証明書(2022年10月〜2023年9月までの間に3回)
・分子病理専門医講習会の受講
・ゲノム病理標準化講習会の受講

 の三つ(と受験料やら講習会の受講料やらのお金)である。
 それらを踏まえて、2023年の年始時点で以下のような大まかなスケジュールをたてた。

1月〜9月の間にエキスパートパネルに3回参加し、サインをもらう
(病理学会からお知らせのメールが来たらすぐにゲノム病理標準化講習会・分子病理専門医講習会の申し込みをする)
7月頃 ゲノム病理標準化講習会・分子病理専門医講習会受講
9月頃 分子病理専門医試験 出願
12月17日 試験を受ける

 ここで重要なのは、試験日程がわかったら早急に宿と飛行機を抑えることだ。2023年の試験は、東京のTOC有明で行われた。(注:2024年の試験は試験会場が異なるようです)
 時期や会場が変更になる可能性はあるが、いずれにせよ当日の朝公共交通機関が事故で動かないなどのトラブルによる心理的ストレスを避けるためにも、ぜひ会場近く(徒歩圏内)のホテルの予約をお勧めする。

 宿を確保したところで、まずはエキスパートパネルとやらへの参加権を得なければならない。

⒉ エキスパートパネルに参加しよう

 エキスパートパネルとは、ゲノム医療中核拠点病院(12施設)、拠点病院(33施設)、連携病院(188施設)、計223施設(当時)で行われている、
『腫瘍の遺伝子検索したらこういう変異が検出されたけど、これ治療対象になるかな? なるとしたらどんな薬or治験に入れる?』
 というのを話し合う会議のことである。なおこの会議の構成員等の詳細は分子病理専門医試験に出ます(後述)。
 分子病理専門医試験を受けるには、この会議を傍聴しなくてはならない。都会であれば大学病院やここそこの大きな病院が開催できるが、地方だと県内で一カ所(大学病院)でしか開催されないことも多い。また、オンライン参加を認めている施設と認めていない施設があるので、物理的、時間的に現地参加が難しいと言う方は、県外施設のオンライン参加を申請するのも手である。
 我々は幸運なことに、私がツテを持っている大学病院がオンラインでの参加を認めてくれていたので、そちらに問い合わせてエキスパートパネル参加申請を行った。具体的にどんな申請書類が必要になるかや開催頻度は、開催元の病院によって異なるはずなので、これから受ける方は各々ホームページや人脈を駆使してご確認いただきたい。

 エキスパートパネルへの参加は決まった。二つの必須講習会は噂によると秒殺で予定人数が埋まるらしいので、(コロナ前は現地開催のみで参加人数が限られていたため。2023年開催分はオンラインだったので申し込み者全員が受けられたようだ)病理学会からメールが来たらすぐ申し込むのを忘れないように、とリマインドをかけた。
 
 あとは試験勉強を頑張るだけなのだ! まぁそれが最も大変なわけだが!

3.分子病理専門医試験の勉強の仕方

 ここからは時系列を無視して、合格した今振り返って「こうすれば良いぞ」という内容を書いていくことにする。

3-1. 分子病理専門医試験ってどんな問題が出るの?

 分子病理専門医試験は1型問題60問(マークシート)と、2型問題4問(筆記)で構成されている。
 60問のマークシートでは選択肢は大抵五つで、「正解を一つ選べ」という正解の数が決まっている問題と、「正解を全て選べ」という問題が出る。
 2型問題は、模擬症例について簡単な症例提示と遺伝子検索結果が渡され、エキスパートパネルで検討するような項目が出題される。
 1型2型それぞれ6割が合格ラインになっているようだ。2023年に出題された内容の具体例は最後に羅列してあるので、気になる方は参照してほしい。

3-2. まずはこれを買え

 日本病理学会のホームページでは様々な参考文献が紹介されているが、我々が実際に必要としたのは以下の三つである。

・ゲノム分子病理学(以下青い本と呼ぶ)
・分子病理専門医講習会テキスト
・CEMIT会員登録

 ゲノム分子病理学は、絶対に買うべき。これがないと話が始まらない。誤植や保険適応の項目など最新ではないところはあるが、この本をメインに勉強を進めていくので、(中古ではなく)最新版を必ず買うこと。

 分子病理専門医講習会テキストは、講習会を受けるときにもらえるのでわざわざ買う必要はない(と言うか単体では売っていない)。

 CEMITは、エキパネ症例集を無料で公開してくれているWEBページである。
https://www.22cemit.org/member/ekipane
 2型問題の練習に大変有用なので、無料の個人会員登録をお勧めする。

 というわけで、結局最初に有料で買うのは青い本だけだ。青い本が手元に届いたら、分子病理専門医対策の勉強を始めよう!

4.1型問題対策

 1型問題の対策は、最終的には暗記と語呂合わせだが、その前に青い本を読み込むことから始まる。我々は

「NGSってなんの略?」
「1細胞あたりのDNAの量ってどのくらい?」
「エクソンとイントロンってどっちがどっちだっけ?」
「シークエンスにも色々方法があるらしいけど詳しくはわかってない」

 というレベルから始めたが、ちゃんと一発で受かったので安心してほしい。ただ、我々の合格は「お互いに励まし合いつつ」「日々の仕事、生活に支障がでない程度の勉強会を」「コンスタントに」約10ヶ月続けたことによるところが大きいので、その点はご留意いただきたい。道連れは大事。

 まずは3月から6月くらいまで、一回1時間のオンライン通話勉強会を週2程度で行い、青い本をはじめから最後まで読んだ。もちろん一回で覚えられるはずがなく、この通し読みは「どこに何が書いてあるか」「これを知りたければどこを見れば良いか」のマッピングをするための作業である。
 各章の最後にある練習問題では、一回目は半分以上×がついた。章の本文のどこにも書いていない内容を練習問題で出すな、調べればわかることを覚えさせるな、と文句を言いつつの読み合わせであった。
 
 繰り返すが、1型問題対策は暗記である。以下に最低でも暗記すべき項目を列記するので参照されたい。

・アミノ酸の一文字表記
 「アールギニン(R=アルギニン)」
 「キュルタミン(Q=グルタミン)」
 「B‘zは二人組(Bはアスパラギンとアスパラギン酸、Zはグルタミンとグルタミン酸の二パターン)」
 「Dはアスパラギン酸(acid)のD」
 など、語呂合わせを使って全て覚える。上記は二人の力作語呂合わせなので使っていいよ。
・開始コドンと終始コドン(それ以外のコドンは暗記不要)
・1細胞あたりのDNAの量(約6pg)
・ヒトゲノムの大きさと内訳(遺伝子が25%、エクソンが1.5%など)
・家族性腫瘍の有名どころ原因遺伝子
・ACCEモデルの内容
・エキスパートパネルの必須参加者
(職種、人数)
・データベース、知識データベースの有名どころ
・主なCHIP
自作の力作語呂合わせを広く知らしめたいのでみんな覚えて帰ってね

これとp53まで覚えれば多分大丈夫

 このほか分子病理専門医講習会で「大事」とか「覚えてください」と言われたことは頭に入れておく
 青い本を一回通ったあとは、2型対策をしながら各章の後ろの練習問題を振り返りつつ、自分たちが弱いところを重点的に復習した。実際、練習問題からほぼそのまま出題されたものも数問あった。

5.2型問題対策

 青い本を読み、最低限の単語の意味がわかったところで、2型問題対策を始めよう。2型問題対策は青い本の最後の章(症例練習)と、CEMITのエキパネ症例集で行っていく。
 試験では大問4つと、それぞれにつき3−4問の小問が出される。どの大問でも共通しているのは「遺伝子変異リストに記載された遺伝子変化の生物学的意義づけ」である。それ以外は大問によって異なるが、二次的所見についての筆記であったり、治療薬や追加検索についての選択問題だったりする。
 この「遺伝子変異リストに記載された遺伝子変化の生物学的意義づけ」は、コツさえ掴めば機械的にできる。この振り分けさえ埋めれば2型問題の1/4は貰ったも同然!恐るるにたらず!

 というわけで、その「コツ」をお教えしよう。

 とその前に。2023年の時点では試験範囲として認められていたのは F-One, F-One liquid, NCCオンコパネルの三つだったが、2024年からはTOPとガーダント360が試験範囲に入ってくる予定だ。いずれにせよ振り分けのコツは共通なので対応可能だと思う。

①ジャームラインが確定されない検査のとき
まず白紙の解答用紙に、

・MSI
・TMB
・Pathogenic
・VUS
・SNP
・CNV

の6項目を書いておく。これからCCAT調査報告書で提示された遺伝子変異(おそらく10−12個程度)を、これらの項目に振り分けていくことになる。

ではCCAT調査報告書を見てみよう。
NCCオンコパネルのCCAT調査報告書サンプルページ(https://www.ncc.go.jp/jp/c_cat/jitsumushya/020/C-CATsetumei_20230929_Ver2.20.pdf)を見ながら進めていくので、別窓で開きながら続きを読んでほしい。

まずは「遺伝子変異以外のバイオマーカー」の表を見て、MSIとTMBの値を解答用紙に書き込む。ここでMSIがhighかstableか、TMBがhighかlowかも判断する。

・MSI:MSI-high, 57.89%
・TMB:TMB-high, 214.90 Muts/Mb
・Pathogenic
・VUS
・SNP
・CNV

 上二つが埋まったところで、次は「塩基置換、欠失、挿入」の表だ。ここで見るべきは「エビデンスタイプ・臨床的意義」と「マーカーのところにToMMo の記載があるかどうか」である。
 「エビデンスタイプ・臨床的意義」に「oncogenic、(Likelyが付くこともある) pathogenic」 と書かれている変異は、Pathogenic の枠に入れる。
 エビデンスタイプ・臨床的意義のところが空白の場合は、VUSかSNPになる。薬剤が書いてあろうが薬剤到達性がなんであろうが、エビデンスタイプと臨床的意義が空白ならVUSかSNPになると考えて良い。
 VUSかSNPかの見分け方が、「マーカーのところにToMMoの記載があるかどうか」である。
 ToMMoは日本人SNPを集めたデータベースなので、これに載っているということはSNPと判断して良い。

・MSI:MSI-high, 57.89%
・TMB:TMB-high, 214.90 Muts/Mb
・Pathogenic:TP53 p.A268V
・VUS(なし)
・SNP:BRCA2 p.V2109I
・CNV

 お次は遺伝子再構成、構造異型だ。
前述の通りエビデンスタイプ・臨床的意義のところを見て、Pathogenicの項目に書き込む。(NGSで見つかる遺伝子再構成はほとんどがOncogenicのはずだが、エビデンスタイプが空欄だったらVUSになるだろう)

・MSI:MSI-high, 57.89%
・TMB:TMB-high, 214.90 Muts/Mb
・Pathogenic:TP53 p.A268V, GBA-NTRK1 gene fusion
・VUS(なし)
・SNP:BRCA2 p.V2109I
・CNV

 最後にコピー数変化。これだけは二段階で判断し、
「pathogenic かつdruggable」
「pathogenic だが non-druggable」
「pathogenic ではなく non-druggable」
の3パターンに分かれる。
参照しているpdfではCDK4のamplificationがあり、エビデンスタイプはoncogenic (pathogenic)だが、コピー数が2.13と6未満であるため、non-druggableとなる。

・MSI:MSI-high, 57.89%
・TMB:TMB-high, 214.90 Muts/Mb
・Pathogenic:TP53 p.A268V, GBA-NTRK1 gene fusion
・VUS(なし)
・SNP:BRCA2 p.V2109I
・CNV:CDK4 amplification: pathogenic だが non-druggable

これでDNAの変異の振り分けは完了である。

②生殖細胞系列が確定できるNGSの場合は、「体細胞系列」「生殖細胞系列」と二つに分けて同じことをするだけだ。
(我々の試験の時にはRNAの結果は対象外だったので、pdf 28ページ目の遺伝子発現の項目をどうするべきかは分かりません。分子病理専門医講習会でおそらく言及があるはず)

 この振り分けを行った後、MSI, TMB, pathogenic, druggableなCNVの中からエビデンスレベルや薬剤到達性を踏まえて、推奨する薬や治験を選んでゆき、選択問題に答える。この作業はエキスパートパネルを見ているとなんとなくわかってくると思うし、分子病理専門医講習会でも取り上げられるはずだ。

 この作業を、CEMITのエキパネ症例集を使ってひたすら練習した。エキパネ症例集には、時折「絶対嘘やろ」「前の症例のコピペ消えてないぞ」というコンセンサスアノテーションが書かれていたりして、結論はイマイチ信用できないところはあるが、CCAT調査結果の振り分け練習に使うには十分である。

 なお、CCAT報告書の薬剤の欄には〜ニブだの〜マブだのの聞いたこともない薬が沢山記載されるが、これらを詳しく覚える必要はない。薬剤に関する問題は、必ず選択肢が提示されることになっている。

 2型問題のもう一つの山は、腫瘍の分子病理学的分類である。
 脳腫瘍や甲状腺、子宮体癌など、HEではなく遺伝子変異の種類による分類法が登場してきている。過去には子宮体癌と脳腫瘍について分子病理学的分類について述べよ、という問題が出ており、我々も直前に山を張って詰め込んだ。(早くに覚えても忘れるのが目に見ていたので)
 2023年では甲状腺と胆道がんについて分子病理学的分類の問題が出ている。うち甲状腺は分子病理専門医講習会でやたら詳しく教えてくれたので、出るのだろうなと山を張ったら本当にでた。
 特に脳腫瘍は分類が多すぎて吐きそうになるが、前日の夜ホテルでひたすら脳腫瘍と甲状腺腫瘍の分類チャートを書く練習をした。
 ここで大事なのは、山が外れた時も諦めずにCCAT調査報告書を信じることである。CCAT報告書をずら〜〜〜、と後ろの方にめくっていくと、なんと、変異が検出された遺伝子について英語で詳細が書かれているのだ! FGFR2が何の時に出てくる遺伝子変異かがわからない時も、CCATの後ろの解説ページを見れば、肝内胆管がんでよく見られる、と書いてある。
 諦めずに配布資料を隅々まで読むこと!答案用紙をなんとか埋める!
 我々は張っていた山が当たったおかげで、終わった瞬間A先生とハイタッチができたのもいい思い出である。あの日新橋で飲んだビール、美味かったなぁ!

最後に

 第4回の分子病理専門医を受けた当日に書き出した出た問題の内容を羅列する。当然だが、覚えていないものもあるのでご容赦を。

<1型問題>
データベースについて
小杉班の◎遺伝子
CHIP
RNAの品質評価
ACCEモデル
凍結検体の取り扱い
ホルマリン濃度
PCRとサザンプロットの原理
cfDNA
アンプリコン法とキャプチャー法
家族性腫瘍と遺伝子の組み合わせ
コンパニオン診断と対象薬
臓器横断的マーカー三つ
終始コドン
個人識別符号
制度管理と要員訓練
検査室の制度管理を選ばせる
DNA修復メカニズム
エキパネの必須構成員
MSIの免疫染色パターン
TMBのカットオフ値
患者申出療養はエビデンスレベルD以上
NGS保険適応の患者を選ばせる
可視化できるファイルを選ばせる
体外診断薬のクラス分類
キャピラリーシークエンスで検索する項目

<2型問題>
・APC変異のある若年の胃がん デスモイドの家族歴もある
・F-One liquid の前立腺がん BRCA2変異あり
・胆道がん FGFR2変異
・甲状腺髄様がん RET変異

 NGSは年を追うごとに保険適応が広がってきていて、試験範囲がどんどん広がっている。分子病理専門医試験を受けるかどうか迷っている方には、「一年でも早く受けたほうがいい、来年は試験範囲がもっと広がる」という(嫌な)予言を送らせていただく。
 みんながんばれ〜〜!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?