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短編•第三話


自宅近くのラーメン屋で中華そばをすすっていると母親からLINEが来た。どうやら閉幕したパリオリンピックの感想を私に聞いているようだ。
耳を疑うかもしれないが、私は開会式から閉会式までオリンピックを見ていない。ニュースでダイジェスト映像をちょこっと見ただけである。元々スポーツに強いコンプレックスを抱いていたため、憎いほど嫌ってはいないが、オリンピックを始めとしたスポーツ中継はあまり見ないのだ。
その旨を返信すると、今度は母親から電話がかかってきた。「社会人なら話題作りの為に見ろ」「大人として恥ずかしくないか」とご尤もといえる意見ばかりだったので、反論はできなかった。オリンピックを見なかっただけでここまで言われるのか。

「自分が見たくないものを見なくて何が悪いんだろう。オリンピックの感動や興奮は押し付けるものじゃないと思うんだけど。」

※画像はイメージ

愚痴を溢すと、店主さんは「そうだよなぁ」と言って頷きながら私の話を聞いてくれた。何でも店主さんも子供の頃に、当時流行っていたテレビ番組を見なかっただけで家族に叱責を受けたことがあるそうだ。加えて父親から拳骨までされたらしく、その跡が現在も禿げた頭頂部に残っていた。

「物理的な制裁までなると少し異常な気が。」
「でしょ?でもその番組は興味がなかったというより、恐かったから見なかったんだ。」

番組名は『夜の楽園!長沼和幸のエンターテイメントプライズ』、1978年から1990年まで放送されていた。多彩な娯楽番組とは言っても、令和では考えられないようなことばかりをやっていたという。

「ハラスメントに近い言動や行動、一番ひどかったのは銭湯の女湯に突撃取材したことかな。長沼和幸ってのは当時の芸能界の重鎮だったんだ。ドリフの真似事で過激なことをやっているんだなとは思ったけど、正直何が面白いのか分からなかった。」

スマホで調べても当時の番組の映像は見ることはできなかった。が、情報は全くない訳ではなかった。

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『昭和 テレビ番組 ありえない』で検索をしてみた所、昭和期のやりすぎな番組を紹介しているまとめサイトを見つけた。その中に問題の番組名を見つけた。

まとめサイトに掲載されていた番組ロゴ

とはいっても、載っている情報は極めて少ない。番組についての紹介文と白黒の番組ロゴ画像があるだけ。僅少ながらも情報があったということは、好奇心からこの番組について調べていた人がいたのだろう。

「別に幽霊の顔とかが映っている訳じゃないんだよ。放送中に何回か速報テロップが入るんだけどそれが気味悪くてね。」

※『探偵ファイル/ニュースウォッチ』より引用

「確かにあれはびっくりしますけど、そこまで怖く感じるものですか?」
「そのテロップの内容が問題なんだ。一貫して交通事故や飛行機事故、著名人の訃報や殺人事件とか不幸なものばかりで。奇妙なのは、そのテロップが現れた一週間後に本当に事件や事故が起こっていることなんだよ。予言テロップとでも言うのかなぁ。」

そう言って店主さんは、覚えている範囲で番組内に現れたテロップの事件や事故について教えてくれた。どれも実際に起こった事件で、中には私が知っているものもあった。
とはいえ、生放送中に事件や事故を予知するテロップが入るなどあり得るのだろうか。真偽を確かめようにも、テレビ局に知り合いがいる訳ではないので確かめようがない。それにかなり古い番組なので、局へ問い合わせても欲している答えが返ってくるかも微妙だ。
少年時代の店主さんは家族に半ば強制的にその番組を見せられていたが、やがて速報テロップを不気味に感じ始めて番組が始まると自室へ逃げるように駆けていった。
一番怖かったのは家族や学校の同級生が口を揃えてその番組を絶賛していたこと、と店主さんは語る。加えて見なかった人は非常識な人間と罵られて、周囲から村八分に近い扱いを受けてしまうのだそう。番組にハマった人は口を揃えてこう言った。

家族も
同級生も
先生も
お隣さんも
お向かいさんも
駄菓子屋のお婆ちゃんも
みーんな

※画像はイメージです

「面白い番組、日本が世界に誇れる」
「予想が楽しくなる」
「腐らない世界遺産、扁桃体に常駐する監督」
「蟻地獄に似せた大衆劇場」
「道化師の大体の本能の内臓部分」
「万人を魅了する刹那の見出し」
「見ない奴は、頭がイカれてる」

最早、娯楽ではなく洗脳とさえ思える。
まるで番組自体に得体の知れない何かが潜んでいるような。そんな気がしてならない。

「やっぱり、無理強いはよくないよな。オリンピックみたいに世界的なビッグイベントでも感動を押し付けたら、台無しだよ。」

私は「そうですね」と返事をしながら、ネットで『夜の楽園!長沼和幸のエンターテイメントプライズ』について血眼になって調べていた。
理由は分からないが、その番組を見たくて見たくて仕方なくなってしまったからだ。そんな私に店主さんは申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべて言った。

「お客さんに話したことで憑き物が晴れてスッキリしたよ。何だか悪いね。」

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