【インタビュー】磯村勇斗「ものづくりの経験をたくさん重ねることで、自分自身をもっと成長させたい」
7月26日(金)に日本公開をした海外製作のアニメーション『めくらやなぎと眠る女』は、世界中で愛される村上春樹の6つの短編小説を創造性豊かに一本のストーリーへ紡ぎ上げた長編作品だ。映画のオリジナル版は英語なのだが、このたび、本作を手掛けたピエール・フォルデス監督の強い要望もあって『日本語版』の制作が実現。日本生まれの村上小説が、海外での映画製作を経て、さらにぐるり弧を描くように日本語へ還元されるという、小説および映画ファン双方にとっても滅多に味わうことのできない映像&言語体験が大きな話題を呼んでいる。その主人公、小村(こむら)役に起用されたのが、俳優の磯村勇斗。主演作を重ねるごとに表現性の奥行きを増す彼は、今回の”声の仕事”にどう挑んだのか。異例づくめの制作の裏側について話を訊いた。
ーーーとても独創的な作品で、鑑賞しながら惹きこまれました。今回の日本語版のお仕事をやってみようと思われた理由をお聞かせいただけますか?
磯村:本作には英語で収録されたオリジナル版があるんですが、それを最初に観た時、これまで僕がアニメーションに抱いていたイメージが根底から覆されていくのを感じました。ハリウッド制作のアニメでもなければ、日本のジブリ映画のようなものでもない。なんかこう、実写のフランス映画を思わせる、しっとりとした音だったり、独特の時間の流れみたいなものがあって。それでいて、描かれているのは紛れもない日本の物語なので、僕にとってすごく不思議な感覚で。これは新しいチャレンジになるかなという期待がこみ上げてきたんです。
村上春樹さん独特の幻想性とリアリティが絶妙に入り組んだ世界観や、個性あふれるキャラクターも登場しますし、その真ん中で(磯村さんが声を演じる)小村という役はひたすら迷ってるというか、何かを探している。その人物像にも惹かれるものを感じました。
ーーー村上文学の映画化は一筋縄ではいかないとよく言われますが、この映画も、もともと実写で撮られたものをアニメーションへと変換していくなど唯一無二の手法が採られていますね。
ええ、大元になっているのはオリジナル版のキャストの方々が演じた実写映像なんです。それをもとにアニメに変えてるからこそ、ピエール(・フォルデス)監督も英語キャストが全身を駆使して表現した”心情の会話劇”っていう部分をとても大事にしていたと思います。
ーーーそこにさらに日本語の声をあてるとなると、私には想像もつかない二重、三重の表現性が求められるように感じます。磯村さんご自身の役作りはどのように行われたんでしょうか?
まずはオリジナル版の英語を何度も聞いて、いかにそのニュアンスを解釈していくかっていうところを大事にしました。ピエール監督も「オリジナル版を大事にしてくれ 」っていう風にずっとおっしゃっていて。当然、日本語に変えたら変えたで、少し意味合いに変化が生じることもあるんですが、そこをどういう風に自分の中で埋めていくか、みたいな変換作業にずっと取り組んでいました。
【ありきたりの手法に囚われない収録現場】
ーーーいざ収録が始まると、自由に寝転んだり、体を動かしたりしながら、演技に近い形で声をあてることができたとか。
ええ。よくあるアフレコ風景のイメージに縛られず、動きたかったら好きに動いていいし、それに合わせてマイクも柔軟に動かすからって言ってくださって。やはり映像と同じように動きをつけた方がより具体的にイメージが湧きますし、寝たり、起きたりといった動作の中で必要となる息の量も変わるので、俳優である僕たちにとってはすごくやりやすかったですね。
ーーー日本語版の収録では、映画監督として名高い深田晃司さんが演出を担当される一方、ピエール監督も始終立ち会われていたとか。
そこが今回、いちばん難しくて面白いところだった気がします。ピエールさんと深田さんの意見はもちろん違っていたりするので、そこを役者陣がどう解釈して、どちらの意見をどの程度活かして構築していくかみたいなのは、頭を悩ませた部分でした。
オリジナル版を尊重しつつも、やはり日本語版となると、自分たちの語感として納得できるものにする必要がある。だからこそ、深田さんの演出がとても重要な位置を占めてくるわけです。ピエールさんのこだわりをいかに違和感なくなじませていくかっていう点を最優先に、みんなで常にディスカッションしながら決めてましたね。
ーーー磯村さん演じる小村の、自己主張しない”張らない声”は、日本人である私にとってすごく馴染みがあるというか、まるで空気や水のように沁み込んでいきました。この絶妙な声のトーンはどのように生み出されたのでしょう?
これまた、ピエールさんが凄くこだわりを持っていて、このトーンを掴むのに 3 日間ぐらいかかったかもしれません。僕が声を出していると隣にピエールさんやって来て、耳元で「もっといろんなトーンでトライしても大丈夫だから」みたいなことを 言われましたね。
実はピエールさんは音楽家としての一面を持っていて、ものすごく音に敏感なんです。だから日本語がわからなくても、いま役者が何を話してるかっていうニュアンスは瞬時に理解できてしまう。その観点から発せられるアドバイスだからこそ僕にとって非常に興味深かったです。
【かえるくんは愛すべき存在】
ーーーいま、一旦、動画撮影のコメントを頂いたんですけれども、その中で本作の見どころとして、ご自身の役の登場シーンではなく、「片桐(声:塚本晋也)とかえるくん(声:古舘寛治)」のやりとりを挙げておられましたね。
この映画はやっぱり、かえるくんが、すごく核というか、大事な存在になっていると思うんです。形のない答えをずっと追い求めるストーリーを、かえるくんがすごく愛らしく、身近でファニーなものにしてくれている。この 2人のシーンは本当に大好きですね。
ーーーかえるくん役の古舘さんの声もユニークで素晴らしいんですが、オリジナル版ではピエール監督自身が声をあてられたとか?
僕、オリジナル版をピエールさんがやってるって知らずに普通に鑑賞したんですけど、実際にご本人にお会いして 声を聞いている中で「あれ!?これって、かえるくんだよね!?」って気付いて(笑)。
ご本人もどこかちょっぴり、かえるくんっぽい。嘘がないっていうか、自分に対して素直であり続けている方でしたね。あと、コーヒーとチョコレートがないと途端に不機嫌になったりも。
ーーー日本語版の演出を手掛けた深田晃司さんはどんな方でしたか?
お仕事でご一緒させていただいたくのは今回が初でした。ずっとお会いしたかった監督なので楽しみだったんですけど、とても物腰が柔らかくて優しい方でしたね。収録現場でひとつ印象的だった光景があって、ここの言葉をどう日本語に変換するかっていう時に現場が紛糾すると「1 分ください!」っておっしゃるんです。それで絶対、 1 分で答えを出す。パソコンをカチャカチャってやって、じゃあこれにしましょう、って。頭の回転がとても早いんですね。ロジカルでありつつ、役者の感情も丁寧に見てくださっていて、感銘を受けました。
ーーー国や言葉の壁を越えて製作を進める今回のお仕事を通じて、磯村さんの中で何か培われたものはありましたか?
今回のピエール監督はフランス人ということもあり、彼がいったいどんな言葉や手法で、どういうことを自分に求めるのか、どういうことを伝えようとするのかは、非常に楽しみなポイントでした。そういった日本の感覚とは大きく異なった演出やアドバイスを、日本人としてどのように咀嚼していくかという点でも、学ぶことは多かったですね。
ーーー磯村さんの今後のご予定、待機作を拝見すると、国際プロジェクトがいくつも見受けられます。
こうして日本以外のスタッフや監督と作品作りに取り組んでいけるのはとても素敵なことですし、それだけ時代や環境、状況が変わってきたということなのかなと思います。
日本に留まっているよりは、世界中のいろんな方々と積極的に時間を共有し、ものづくりの経験をたくさん重ねることで、自分自身をもっと成長させたい。5 年後 10 年後、自分が携わった日本の映画が世界でちゃんと評価される日が来たら本当に嬉しいですし、そのためにも挑戦し続けたいですね。
【Profile】磯村勇斗(いそむら・はやと)/1992年生まれ、静岡県出身。映画『月』(2023年)で第47回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞のほか、第97回キネマ旬報ベスト・テンで助演男優賞を受賞。近年、ドラマはネットフリックス『今際の国のアリスシーズン2』、TBS『不適切にもほどがある!』に出演。待機作に主演映画『若き見知らぬ者たち』(10月11日公開)と『八犬伝』(10月25日公開)がある。
『めくらやなぎと眠る女』7月26日公開
原作/村上春樹 監督・脚本/ピエール・フォルデス 日本語版演出/深田晃司 日本語版声優/磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治 配給/ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント
2022年/フランス・ルクセンブルク・カナダ・オランダ合作/上映時間110分
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