ダービー観戦小話
どういう巡り合わせか、日本ダービーを現地で観戦する事になったのでその時の話をしよう。
到着〜入場、場の空気
JR府中本町駅から競馬場に入るルートを使う事にしたら、こういう大レースをやる時だけ使う臨時改札があった。観客で混み合っていたのは言うまでもないが、入場までは列に並ぶ事もなかったので基地祭とかよりはマシな部類。
臨時改札から競馬場までの通路にはかつてのダービー馬のポスターや今回出走する馬の吊り広告が所狭しと配置されており、祭典の雰囲気を否応なく高めてくれる。思えば、ここを通っている時が楽しさのピークだったかもしれない。
入場すると、前年のダービー優勝馬が描かれたポッキーが無料配布されていた。この他にも専用アプリを用いる事でリボン状のアクセサリーや過去の年度代表馬をモチーフにしたキーホルダーが貰えるなど、かなり気前がいい。アプリをインストールして特典を貰おうとすると、皆同じ事を考えているのかサーバーがとんでもなく混雑していた。おかげで登録までに結構時間が掛かったのはご愛嬌。専用アプリを使う企画は抽選式らしいが、実の所単なる先着式だったのではないかと思う。せっかくなので貰ったリボンを付けて周ることにした。
グッズの引き換え場所を探しがてらぶらぶらしていると、ゴジラコラボのコーナーがあった。ゴジラ×コングはウマ娘の映画とコラボしてたし、最近は妙にゴジラと競馬の距離が近い。どういう縁なのかよく分からないが、意外とゴジラはフットワークが軽いんだろうか?更に奇妙なのが、元自衛官のやす子も抱き込んだコラボになってる点。言われてみればゴジラと自衛隊は切っても切れない関係だけど、初見だと情報量が多くて困惑の方が先に来た。
フードコートや投票所の辺りも当然かなり混んでいて、よほどじゃない限り食事を取る気にはならなくなった。馬券購入もネットでやった方がスマートだろうが、こっちは非日常を味わう為に紙でやった方がいいだろう。
来場者の顔ぶれを見てみると、カジュアルな若者からいかにも競馬場にいそうな中年、スーツをパリッと着こなした人まで老若男女問わずさまざまな人がいる。やっぱり競馬が大人気なのは間違いなさそうだ。比較対象として適切だとは思えないが、地元の金沢競馬場だと多少いる若者以外はこの世の終わりみたいな顔をした中高年しかいないので、そういう点でも中央と地方の差をはっきりと感じられる。
持ち物に意識を向けると、半数くらいが紙の予想紙、もう半分がスマホを見ているという感じ。紙の方が信頼性あるのか、ネットの方がいいのかとかは知らないが、馬券購入と同じで紙の方が競馬を見に来たという感覚は増すと思う。
会話もちらほら聞こえてくるが、当然ながらどの馬が勝ちそうかという話しか聞こえてこない。ただ、自分が聞こえた範囲だと大半がどう賭ければ儲けられるか、といった会話だったと思う。まあ母数が少なすぎるのであまり参考にはならんか。
なんにせよ、G1、それもダービーとなるとあらゆる人がたくさん集まって競馬談義をしながら観戦するというのを肌で体感できたのは得難い経験だったに違いない。
JRA競馬博物館
ダービーまでは時間がかなりあったので、場内にあるJRA競馬博物館を見る事にした。以前来た時は白毛馬の特別展などをやっていたが、今回は年度代表馬についての特別展示と、日本の競馬の歴史についての展示をやっていて、これが大変面白かった。正直ダービー観戦よりよっぽど充実した時間を過ごせたのでざっくりと振り返ろう。
振り返ろう、と書いたはいいものの、正直なところ年度代表馬展に関してはあんまり記憶がない。その辺への興味が薄いのもあるが、展示内容も何年にこの馬が代表馬になりました、戦績や血統はこうです位の事しか書いてなかったから真新しさがない。物によってはトロフィーの現物ないし複製、使っていた蹄鉄や鞭などが展示されていたのでその辺は貴重だろう。
個人的には1959年の競馬雑誌の年度代表馬についての記事が展示されていたのが興味深かった。当時の文体や選考過程、何が代表馬に選ばれるかの読者懸賞を紙面上でやっていたりする点など見どころが多い。
自分が興味を惹かれたのは日本の競馬の歴史展の方だ。日本で競馬がどのように定着し、ここまで人気になったのかについて少しずつ調べている最中だったので自分にとってかなりタイムリーな題材だった。どのような解説がされていたか、資料の写真も交えて手短にまとめよう。
元々日本では祭礼のひとつとして馬を走らせる儀式をちょくちょく行なっており、これが根本的な競馬のルーツのようだ。ただしこれは現在の洋式競馬とは全く異なり、2頭の馬を並べて走らせる形式だった。
現在の競馬の形式に変わったのは明治時代の事だ。横浜などの居留地で外国人が行っていた洋式競馬が国内の競馬に強い影響を与え、欧化政策の一環として国内でも洋式競馬を取り行うようになっていった。またこのタイミングで馬券の文化も輸入され、馬産を奨励したい軍の意向もあって国内でも馬券の発売が黙認される形で行われるようになる。真新しい賭け事だからかたちまち大ブームが起きるものの、賭博に付き物の不正や治安悪化問題も発生してしまい、馬券の発売を禁止せざるを得なくなる。
馬券販売が禁止されてからはとてつもなく資金繰りが厳しくなってしまったが、競馬場をイベント開催用に貸し出したり、国が補助金を出したり、最終的には馬券のような物を作ってどうにか開催を続行させた。その後競馬法の制定に伴い馬券を再度発売できるようになり、複勝式など購入法も増えた。このタイミングで馬券が勝馬投票券と呼ばれるようになったようだ。
馬券の再販により競馬は再び盛況になったが、第二次世界大戦により規模が大幅に縮小され、最終的には中止されてしまう。それでも軍馬の能力検定競争に形を変えて終戦まではどうにか競馬を続けていた。
戦後すぐは流石に開催されないが、1946年には一部で再開されるなど異様なスピードで復活する。GHQにより戦前の競馬を運営していた日本競馬会は解体され、それと同時に国営競馬が開始。1954年には今のJRAである日本中央競馬会が設立されるといった形で競馬のDNAは敗戦してもほぼ損なわれなかった。奇跡に等しいのではないだろうか?
その後日本が復興するにつれて競馬も発展していき、レース体系の変更や海外遠征の実施、馬券の処理能力の向上及び電話投票やネット投票の導入など進化を続け現代に至る。
歴史解説がやたら長くなってしまったが、できるだけ省略してもここまで書かなきゃいけないくらいには歴史がある事が伝わっただろうか。
馬やコースだけでなく、販売方法や運営などあらゆる面が発展し続けた結果今の競馬があると思うと感慨深い。たまにはこういった面を意識して競馬を考えるのも楽しいだろう。
ゲート(発馬機)や馬運車の進歩も解説されていた。ゲートに関しては今まで意識した事が全くなかったから、昔の発馬機がとても簡素な物だった事に驚いた。ゲートひとつとっても歴史がみっちり詰まっていて圧倒される。
馬運車に関しては、戦後になってから発明されたと解説されている。戦前は基本的に鉄道と馬車で輸送されていて、時間はかかるし馬の故障も頻発すると散々だったようだ。車での輸送を導入してからは馬と人の車内環境を改善する為に心血を注いでいる事がパネルから分かる。
本当に、競馬に関わる全てに歴史と人の知恵が凝縮されているのだと思うと感慨深い。
競馬博物館の中にはパンフレットもある。今回は、年度代表馬展の物と顕彰馬の物、そして馬の生態などを簡単に解説しているウマミニ百科を貰ってきた。前者の2つは博物館での展示パネルを紙面上に再掲したような物で、帰ってからも展示内容をいつでも確認できるようになっている。年度代表馬展の方にはJRA発足からの競馬界と社会両方の簡易年表もあり、いつ頃どんな事があったのか把握するのにとても便利そうだ。
ウマミニ百科の方は、サラブレッドの解説だけではなく他の品種の存在や人類とウマの歴史などについても分かりやすく解説していて、これを読めばおおよそウマについて分かると言ってよさそうなくらい高品質な資料だった。これを無料で貰っていいのかと不安になるくらい。基礎的な知識を知りたいだけなら、多分下手な新書とか買うよりこれ読んだ方が手堅いと思う。
色々と見終わったので博物館を出ると、入り口のそばでミニチュアホースの展示が行われていた。のんびりと草を食べていて、見ているだけで癒される気がする。やはり自分はレースを見るよりもこういう穏やかな方が好きなのかもしれない。
売店
博物館を見終わってもダービーまでにはだいぶ時間があるので、各種競馬グッズを売っている売店のターフィーショップに行く事にした。
行ってみると案の定列が出来ているが、混雑の割にはそこまで酷くもない。10分くらいで店内に入れた。
店内にはタオルやTシャツ、お菓子などの定番品や、様々な名馬のぬいぐるみ、トレーディング仕様になっている式紙などのオタクグッズと似通った物、各種書籍など様々なグッズがあった。商品を見ていると、ウマ娘のグッズは競馬グッズの原作再現という意味でもかなり頑張っているのだなと気づく。ぬいぐるみは言うに及ばずだし、キーホルダーや缶バッジなんかもだいぶ競馬の方と似ている。単に社会全体のグッズのトレンドが同じなだけかもしれないが。
自分も目についた物をいくらか買った。大したものは買ってないが、財布なんて買ってしまったのは間違いなくこの場の空気に当てられたからだろう。いつか使う日が来るのだろうか。
買い物も終わり時間も程よくなってきたのでいい加減観戦に向かう。その途中にはカクテルのブースがあったり、色々な宣伝ポスターが貼られていたりして来場者を飽きさせないようになっている。
観戦
観戦する前に、せっかくなので馬券も買う事にした。一応前日に出走表を見ておいたので、今回は真面目に考えて選ぼう。
人気薄だが、前走の青葉賞(2400m)で2着、前々走(2400m)で1着と距離適性はありそうなショウナンラプンタの複勝ならそれなりの確率で結構貰えそうと踏んで500円入れてみる。
馬券購入エリアも凄まじい混雑っぷりで、記入用の鉛筆を探すのにさえ手間取る始末。利便性だけ考えるなら絶対にネット投票の方がいい。
パドックもめちゃくちゃ混んでいたが、一応見るのは見た。観戦エリアとパドック間の通路が閉鎖されるというアナウンスに急かされてまともに見られやしなかったが、どうせ見てもよくわかんないからどうでもいい。
観戦エリアは完全にすし詰め状態で、前がさっぱり見えない。コースが見えないのは最初から覚悟していたが、改めて大型モニターしか見えない環境に放り込まれると、わざわざ高い金払って生で見る必要性の有無について真剣に考えたくなる。
発走前には秋川雅史って歌手が君が代を独唱するセレモニーがあった。独唱は毎回誰かしらがやっているらしく、ますます国技らしく見える。
発走のファンファーレが鳴ると同時に手拍子が起こり、会場は異様な熱狂とゲートが開くまでの一瞬の静けさに包まれる。現地のG1はこんな空気になるのかと実感すると同時に、ウマ娘のRTTTの映画版でもこの静けさはうまく表現されていたなと思い出した。
さてレース内容なのだが…全く覚えてない。結局のところ遠くのモニターを見るだけなので迫力という面ではたかが知れているし、最終直線に至ってはスマホを掲げて撮影しようとするバカが何人もいたせいでコースはおろかモニターすら見えなくなる始末。結局何が何やらさっぱり分からずじまい。これで生で見たと言っていいのか大分疑問が残る。
こう書くと競馬ファンから殺されそうなのだが、レースや馬の格とか全てを無視して、ただ競馬が見たいだけならG1よりも未勝利戦とか1勝クラス、それかいっそ地方の方がよっぽど快適かつレースの迫力を感じ取れると思う。地方の競馬場の方がコースと観戦エリアの距離も近いし。
G1を見る機会に恵まれたならば、金には目をつぶってまともな指定席を買わないと話にならないという苦い教訓が得られた。ついでに馬券も負け。普通に力負けしている雰囲気だった。
ロクな事がなかったが、観客の応援の声は凄まじかったので、そこは最低限G1の空気を味わえたと思う。応援といっても、自分が賭けた馬が来るように欲望むき出しで絶叫してるだけで決して綺麗な物ではない。決着が付くと怨嗟の声も少なからず上がっていたし、あくまでスポーツ的な応援ではなく賭け絡みの鬨の声と思った方が適切かもしれない。
表彰式はパス。まともに見られなかった失意と、周りの色々むき出しの騒音を聞いてゲンナリしたのでさっさと帰る。その道中、優勝した馬にダービーの優勝レイを掛けている場面を撮影するスペースを見つけたので、それだけ撮った。
帰りの電車も結構混雑していたが、この辺はいつもそうなので驚かない。横田基地の帰りの方が酷かった気がする。
まとめ・余談
ダービー小話と銘打ったのにダービーについてはほぼ語らない記事になってしまったが、現地の自分の心境もそんな感じだったのでどうしようもない。やはり今の競馬シーンを追いかけていないと生で見るありがたみは激減するのだろう。それとまともな観戦環境を用意する重要さは嫌というほど分かった。もし次G1を見る機会があったら、今度は間違いなくスタンド席を予約しようと思う。
余談を一つ。職場でもダービーはかなり話題になっていたのだが、内容は何にいくら賭けるかや、人気薄の馬が突っ込んできたせいでボロ負けしたと悔しがる声、酷いとあの馬死ねばいいのにというような直球の憎悪といったギャンブルとしての側面しかなく、スポーツ的な見方の意見は皆無。実際競馬場内でもギャンブル的な話が大半を占め、レースの歓声も大半は博打の勝ち負けの絶叫で構成されていた事を考えると、競馬の人気の秘訣はやはり賭博な点にあるのだと実感した。
自分は元々ギャンブル要素を完全に漂白しきったウマ娘から競馬に興味を持って、そこから派生して興業としての競馬の文化やらを調べていた結果、無意識に競馬人気の要因を賭博以外に探していた節があった。
そんな中でダービーを見に行って、競馬はあくまでギャンブルだと色々な方向から叩きつけられたのは刺激的な経験だったし、視野狭窄になりつつあった自分にはいい薬になったと思う。今回の観戦での一番の収穫だろう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?