いつか乾杯できる日まで

夫には高校時代の仲のいい友人3人がいる。高校時代の同じクラス。趣味や仕事は異なるが,ずっと付き合いが続いている。

あいつからは音楽を教えてもらった。あいつは遠方の大学に入ったので学生時代に遊びに行った,などといつも嬉しそうに話す。

飲み会が嫌いでいつもは一次会で帰ってくる夫も,その友人たちとの集まりではいつも深夜に帰ってくるのが定番だった。

仲間の一人には私たちが結婚するときの婚姻届に保証人として署名してもらった。友人たちの集まりに一,二度同席させてもらったこともある。

けれど夫の同級生は私よりひと回り年上。私からすれば年上のお兄さんたちで,それほど親しく話しはできなかった。

今年の正月も,夫は仲良しの4人で集まる予定だった。けれど年末に受けた手術の後に合併症のために入院が長引き,出席できなかった。

年明けに退院し,次こそは4人揃って会おうと約束したところで,コロナウイルスが流行し始めた。6月,7月と飲み会を企画したが,そのたびに東京の感染者数が増加し,延期を余儀なくされた。

一方で夫は春以来,抗がん剤治療を重ね,数週間ごとに入院していた。治療の影響で徐々に痩せ細り,日中も横になることが多くなっていた。私の目にも,あまり良くない状況だということは理解できた。

7月の飲み会の延期が決まった後,私は夫にzoom飲み会を提案した。コロナで会えないし,体調に波があるのだから,zoomでいいから会えば。

ところが夫からは断られてしまった。そんな提案は,まるで病状が悪化する前提のようでがっかりした,と。

夫のその指摘は図星だった。冷酷なようだが,事実を並べれば「いつでも会えるよ」と楽観的なことは言えなかった。

そんなやり取りの直後,抗がん剤治療の入院中に,一時的に病状が悪化して,このままでは危険だという状態になってしまった。

幸い数日で元に戻ったが,いつ再び同じ状況になるかわからない。会いたい人には会えるうちに会ってほしい,せめて電話でもいいから話をしてほしいと思った。通常ならば病院に見舞いに来てもらうところだが,コロナウイルス流行のために面会が厳しく制限され,家族でさえ原則として会うことはできない。

私は夫の友人に初めてメールをした。

夫の状態,入院中だがコロナウイルスの流行のために家族も面会がままならないこと,電話をかけてみてほしいこと,私からメールがあったことは夫には内緒にしてほしいこと…。

友人たちはLINEをして連絡を取ってくれた。しかし,夫は電話も嫌がり,LINEでメッセージを交わすだけだった。「会ったり話したりする気分にはなれない」のだそうだ。夫は,またいつか元気な姿でみんなに会えると思っているのか。それとも友人には弱った姿を見せたくないのか。


私はその後も夫の友人たちとメールを交わしている。入退院の予定,退院した時の様子など。もちろん夫には内緒だ。

このメールのやりとりは,いつまで続くだろう。

”いつか,病気が良くなって,コロナウイルスも収まって,みんなと飲みに行けたらいいね。”

”いつか”が来るのか。

コロナウイルスの流行がいつ収束するのか、夫がいつまで人に会える状態が続くのか,それは誰にもわからない。

わからないけれど。

でも”いつか”がきっと来ると信じて、その日まで私はお兄様たちとメールを交わすのだろう。

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