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グラウンドで〝魔法〟を見たーー書籍の仕事まとめ#2 中野泰造さん著『シン・ノーサイン野球の授業』

「サインに頼らず、選手が自ら考えて動くチームを作りたい」
「小よく大を制すには、強豪校と同じことをやっていてもダメだ」
そんな考えを持っている指導者の方におススメです。

どうやったら、選手が自分で考えてプレーできるようになるのか?ーーこの本には、それが書かれています。

ノーサイン野球に興味がある方、導入したい方に参考になるのはもちろんですが、野球の奥深さを知ることができる一冊です。

<目次>
第1章:シン・ノーサイン野球の根底にあるもの
第2章:「授業」の紙上再現1 基礎編
第3章:「授業」の紙上再現2 レベルアップ編
第4章:「授業」の紙上再現3 実践編
第5章:試合で野球観と観察力を磨く
第6章:シン・ノーサイン野球の探求


「シン・ノーサイン野球」とは?


東亜大を3度、日本一に導いた中野泰造さんの野球を伝える本をつくるーー。編集者さんからこの仕事の依頼を受けたとき、最初に頭に浮かんだのは、自伝的に指導者としての経験をつづった本でした。

しかし、『シン・ノーサイン野球の授業』は、それとはまったく異なる形になりました。

中野先生(いつもそう呼んでいるので、ここでもそうします)の野球は、ノーサイン野球です。ただ、「選手が自由に試合を進める」という意味のノーサインではありません。

野球の試合では、1球ごとに状況が変わります。そのなかで「勝つために、こういう状況ではこうする」という鉄則やチームの共通理解があり、選手たちが自分で考え、判断してプレーします。

たとえば、一塁にランナーが出たら、状況や打順にもよりますが、ランナーは緩い変化球がくるタイミングでスタートを切る。ランナーのスタートが良ければ、バッターは打たない。スタートが悪ければ、ファウルにするーーそういうことが臨機応変にできるのが、「シン・ノーサイン野球」です。

読んだ人が、ノーサイン野球を導入できるようにするには?


中野先生の取材を始める前に、中野先生からノーサイン野球(シン・ノーサイン野球)を教わった人たちに話を聞きました。少しでも多く、ノーサイン野球について知っておきたかったからです。

一人、また一人とお話をお聞きするたびに、僕は「これはとんでもない仕事を受けてしまったぞ……」と頭を抱えました。中野先生のノーサイン野球を、読んで理解できる本にするのは、ハードルがかなり高いと思い知ったからです。

教え子のみなさんは、「中野先生の野球にマニュアルはない。練習や日々の生活でつくりあげて、できるようになっていくしかない」と口を揃えました。

それを、どうやったら本にできるのか。どうすれば読者のみなさんに伝わるのか。本の「形」が見えず、不安を抱えたまま、中野先生の取材が始まりました。

中野先生は現在、徳島県阿南市の「野球のまち推進課」で仕事をされています。徳島での4泊5日の取材では、中野先生の経験や指導の考え方をたっぷりお聞きしました。その後、大阪で開催された、近畿地方の中学・高校の指導者に向けた講習会にもお邪魔しました。

それらをまとめれば、いわゆる指導書、もしくは自伝的な本にはなったでしょう。

でも、僕は「これでは、読んだ人がノーサイン野球を展開できるようにはならないんじゃないか」と考えました。

さらに取材を重ねる機会をお願いして、今度は中野先生が実際にチームを指導している様子をグラウンドで見せていただくことになりました。

2泊3日で中野先生の指導を目の当たりにして、衝撃を受けました。指導の初日と3日目では、そのチームがまったく別のチームになったからです。

みるみるうちに、野球がうまいチームになっていく。集中力が高まり、視野が広がり、考えるスピードとプレーのスピードが上がっていく。

まるで魔法のようでした。同時に、「これだ!」と手応えをつかみました。


「集合!」を紙上で再現


中野先生は練習中、何か題材になるプレーが起きたときは、「集合!」と言って選手たちを集めます。そこで「今のプレーのどこを見ていたか?」「どう考えて、そのプレーをしたのか?」と選手たちに問います。

時には厳しく、時には冗談を交えて、選手たちが自分の思考を言葉で表すように仕向けていました。それは、まさにグラウンドでおこなう「授業」のようでした。

「集合!」の回数が非常に多いので、練習がしょっちゅう止まり、なかなかメニューは進みません。しかし、そのやりとりのなかで中野先生の野球観や考えを伝えたり、大事なポイントを確認したりしている。それがノーサイン野球をチームに浸透させる秘密でした。

このグラウンドで起きたこと、特に「集合」の内容を、そのまま紙上で再現すればいい! 僕の頭のなかに、この本の「形」がやっと浮かび上がりました。

この2泊3日の取材のあと、仮の原稿をつくって、中野先生と編集者さんに読んでもらいました。編集者さんは「おもしろい! 今までにない本になりそうだ」と言ってくださいました。

中野先生にも「指導者の方々が読みたいのは、こういう『何をどうやって教えているのか』を具体的に書いた本なんじゃないか」とおっしゃっていただきました。「集合!」の中身を具体的に実況中継しているので、「ありのままに出しすぎ」と指摘されるかも……と心配していたのですが、杞憂でした。

ただ、この2泊3日の指導では、本としての分量には足りない。さらに計9日間、中野先生がグラウンドで指導されるのを密着取材しました。

こうして中野先生の「授業」をまとめたのが、本書です。

「観察力」「思考力」「判断力」「実行力」「対応力」

試合で勝つために必要なこれらの力を育むための「授業」の内容を、まるでグラウンドにいるかのように臨場感たっぷりに再現しています。

読めばきっと、あなたも「シン・ノーサイン野球」の魅力に引き込まれるはずです。


ライターとしての転機になった仕事


この本ができあがるまでに、教え子の方々、指導者のみなさん、選手のみなさんなど、本当に多くの人のお力添えをいただきました。おかげさまで、中野先生のノーサイン野球をお伝えできる内容になりました。

この本の仕事は、あらためて本づくりのやりがいを感じる機会にもなりました。また、取材と執筆における「現場の空気感」「臨場感」の重要さを知ることもできました。

僕のライターとしてのキャリアのなかで、1つのターニングポイントになったかもしれません。


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