「なぜ伝わらないのか」~スポーツライティング講座 第1回②
なぜ伝わらないのか? 「知りたいことではないから伝わらない」と先ほど言いました。知りたいことでも伝わらない場合があります。では、なぜ伝わらないのかを考えたいと思います。
例えば、「海」という言葉を聞いてパッと頭に思い浮かぶものをノートに書いてみてください。
(1分後)誰でもいいです。読み上げてください。
青い
砂浜
夏
塩水
波の音
夕日
広い……
書き手と読者が同じものを思い浮かべるとは限らない
今ここに8人いるのですが、8人ともが思い浮かべた同じ言葉ってないんですよね。つまり、私(書き手)が思ったことと、あなた(読者)が思ったことが同じだとは限らない、ということです。
だから、思い浮かべるものが「海」という言葉だけだと伝わらない。書き手が「青い海」を思い浮かべていても「海」と書くだけでは、ある人には「夕日が沈んでいるオレンジ色に染まった海」として伝わるわけです。まったく違いませんか?
こういう「恐れ」をもっていてください。私とあなたは違う人なのです。書き手と読者は違う人間なのです。そういう想像力というか、読者を思いやる心を持ってほしいです。
この思い浮かべ方には3つのパターンがあります。
視覚優位
聴覚優位
感覚優位(主に触覚)
言葉を、この3つの「フィルター」を通して受け取るということです。
五感で言うと、他に味覚と嗅覚があるのですが、主にコミュニケーションではこの3つのタイプのどれかがあてはまることが多いです。
先ほどの「青い」、「夕日」、「砂浜」を思い浮かべる人は視覚優位、つまりビジュアルを思い浮かべているということですね。
「波の音」は聴覚優位です。
「海」で冷たい、暖かいと思い浮かべる人もいて、それは感覚優位です。
この3パターンがある。そういう恐れを持って、文章なりコミュニケーションなりを取らないといけないということです。だから、書くときは読者には「『青い海』と書けば伝わるのかな」、インタビューのときは「どの感覚ですり合わせすれば相手の意図を正しく聞き取れるのかな」……と想像力を働かせる。
プロのライターさんでも、このことを忘れている人もいます。そういう人は自分の思い込みで文章を書いてしまいがちです。思い込みも突き抜けてしまえば、その人の個性になります。これはライターとして人気が出てからでないと、次の仕事が来にくいと思います。
みなさんが目指すところは、まずは読者に誤解を与えないようにするにはどうすればいいか、伝わるにはどうしたらいいか。だから、「書き手と読者で、優位な感覚は同じではないかもしれない」ということを常に忘れずに。
人間は、この3つの心のフィルター、コミュニケーションのフィルターを通して理解してしまう。どの感覚が合っているとかどうかを言っているわけではないですよ。それぞれのタイプがあるということです。
逆にいうと、自分が聴覚にすごく優れていて、文章を音で表したいのだというのであれば、とことんそれにこだわって表現するのもアリです。例えば、ビーチバレーをやっている人にとっては、「その選手は波の音が聞こえるくらい心が落ち着いていた」ということかもしれない。
ソフトバンクにいた島袋洋奨さん。興南高校で全国制覇して、中大にいたときに甲子園春夏連覇について取材したことがあります。興南が報徳学園と対戦したとき(2010年夏の準決勝)に、地元・報徳の応援がすごかった。興南の応援もその年から「ハイサイおじさん」が解禁になって、指笛の音がすごかった。どれくらいすごかったかというと、彼は「マウンドで巨大なスピーカーを前と後ろに背負っているような感覚だった」と言っていました。そういう感覚でマウンドの緊張感を伝えることもできるかもしれない。
この3つのフィルターを覚えておいて、自分の文章に生かしてください。
(第1回②終わり)
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