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遅すぎるスタートはない



最近、


自分軸



で生きて行けるようになりたいと本気で思うようになってきた。


まわりに影響されるわけでなく、自分の意志で決める。


前回のnoteにも書いたけれど、


こうあるべき


にこだわりすぎていたと思う。



人に嫌われないように


これが普通


みんながやっているから




小さい頃から、


みんなと一緒が普通


と思い込んでいた。


1人突き出ることがものすごく苦手で、みんなと一緒なら


なんか安心できた。


大学を卒業し、社会人になるまで、すべてを無難にいきていく道を選んできた。


本当は、行きたい大学があった。


でも、その大学行くための科目が苦手で、あきらめた。


そして、自分の学力では入れた違う大学の違う学部へ入った。


しかし、大学に入っても何かがちがうと思っていた。


でも、親がお金を払ってくれていると思うと辞められなかった。


大学は専門分野だったので、そのままその分野に就職した。


仕事ははじめのうち楽しかった。


しかし、また何かが違うと思い出していた。


色々な資格の資料を取り寄せてみたり、


沖縄に移住したいと思ったり。


それでも実行することはなかった。

ただひたすら毎日が過ぎていった。

まわりが結婚したり、子供ができたりし始めた、20代後半で、

私は突然、海外へ旅立った。

今まで、思っていても実行できていなかったが、

思う時間もほぼなく留学をしたのだ。

別にずっと留学したかったとか、


外国に住みたかったとか、全くなかった。


流れに乗っていたら、海外に行くと決めていた。


あの時の自分の行動力は一体どこから出たのか。


あの時はきっと自分軸で生きていたかもしれない。



そこから、夫と出会い、

国際結婚をした。


結婚したら、また私にまとわりついたのが、


みんなと一緒

結婚したからこうする

べき


それをやってきた。


しかし、私の心には、


そのべきとは違う、


本当はこうしたい


という気持ちが生まれてきていた。


その気持ちは、


"べき"ができなかった時にさらに強くなっていった。


"べき"に囚われて、精神を病んだ。


精神を病んだということは、


本当はその"べき"が自分のやりたかったことだったのかもしれないけど。


精神を病んだ時に、


消えてしまいたくてたまらなかった。


でも、両親と夫の事を考えると


消えることはできなかった。


そこから、カウンセリングを受けたり、

本を読んだりした。


noteで発信されてる文章にも救われることがあった。


そして今、


私の中で、


こうしたい


ということが溢れてきている。


私はもうそう若くはないけれど、


今からだってスタートできると思っている。


あの時、海外に行こうと決める事ができた私なら、


できるんじゃないか?と。


また自信を取り戻したい。


今からでも遅くはないはず。


遅すぎるスタートはない


そう信じて、


一歩踏み出したい。








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