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反シティポップリバイバル 〜シティポップに絶対括られないであろう日本のかっこいい曲たち〜



はじめに

 みなさんこんにちは。未知なる音楽の探究をやめない社会人です。
 さて、今回の記事ですが早くもタイトルだけで気分が悪くなる方が一定数いるのではないかと思います。そんな方は今すぐこの記事を閉じてください、、、なんてそんな冷たいことは言いたくないです。
 私がなぜこの記事を書こうと思ったかを話す前にタイトルの意味について少し深掘ろうかと思います。
 "シティポップリバイバル"とは、3年前の松原みきのリバイバルヒットや"プラスチックラブ"の再燃などに見られる70・80年代のシティポップが世界中そして日本中で注目を集めている現象です。これには、音楽の良さはもちろん周辺の昭和レトロや"Kawaii"のようなカルチャーまでも巻き込んで一大ブームとなりつつあります。最近ではvaporwaveなどのインターネットミュージックの普及により、シティポップや昭和歌謡を再構築する音楽も注目されています。「Night Tempo」のようなアーティストが最たる例です。
 私もシティポップの好きな曲はたくさんあり、今まで日本の音楽は基本的にドメスティックなものだという固定観念を打ち壊していったシティポップリバイバルのムーブメントを注目してみていました。しかしながら、最近ある考えが頭の中を駆け巡るようになりました。それは、「シティポップ以外にも日本には注目すべき音楽がもっとあるはずだ」ということです。確かにシティポップの代表曲たちはどれもどの国にも類を見ない完成度と日本らしさを兼ね備えたものばかりです。しかし、私の感覚からするとネットや雑誌でさまざまなシティポップの記事が出るのを見ていて、70・80年代の日本のいい音楽=シティポップの構図が出来上がってしまっていないか、ということを感じます。本来この式は逆になるはずだと思うんですよね。また、最近ではネオシティポップバンドを謳うグループもたくさん出ており、さらに渋谷系などもシティポップに括られることもあります。シティポップという音楽はただの1ジャンルにとどまらないものになってきています。


 前置きが長くなってしまいましたが、要は、昔日本にはシティポップ以外にもこんなかっこいい音楽があったんだぜ!っていうのをこの記事を通して紹介したかった、ってわけです。
 ここから、そんなアツい曲たちをいくつか紹介していけたらと思います。また、ここで紹介する楽曲はほんの一部ですのでみなさんの音楽探究の入り口にでもなってればいいな、と思います。では早速参りましょう。特にシティポップファンの方、必見です。(笑)


1.Satori Pt.1-Flower Travelin' Band(1971)

 まずは、この曲から。正直いきなり個性の塊です(笑) 。日本のロック黎明期に現れたバンド。その名もフラワートラベリンバンド。かのロケンロールおじさん、内田裕也のプロデュースの元全歌詞を英語で歌います。この曲の破壊力と暴力性はなかなか日本人には出せないな、と感じます。ハードロックとはいえどこかアジア風なテイストがギャップをもたらし、曲を唯一無二のものしています。

2.一触即発 -四人囃子(1974)

お次はこちら。一言で言うとプログレッシブロックです。ですが、一言で言うのが失礼なくらい超本格派です。ピンクフロイド顔負けの叙情性やエマーソンレイクアンドパーマーばりの超絶技巧を持ち合わせています。しかし平均年齢はまさかの21歳。うーん、おそろしい。この曲はプログレらしく12分ありますが、つるっと聞けちゃいます。

3.あっ!!-村八分(1973)

バンド名がもはや放送禁止用語。危険な香りぷんぷんのハードロックバンド。70年代の日本ロックバンドのダークホース的な存在で活動期間は短いもののいまだにカルト的な支持を得ています。本楽曲は唯一の村八分のアルバム「ライブ」からの一曲です。ストレートなロックンロールをここまでカッコよくやっていた日本人がいたんだ、という感想でした。

4.ハイサイおじさん-喜納昌吉&チャンプルース(1977)

お次は一風変わったこの曲。日本での認知度はかなり高いと思いますがそれは甲子園の応援歌としてや、志村けんのギャグからの派生という認知のされ方が多いかと思います。しかし、音楽として見ると大変興味深い楽曲です。これぞある意味ミクスチャーロック。伝統的な沖縄民謡と現代ポップスをうまく融合させて出来上がったこの曲は沖縄の音楽史にこれからも燦然と輝き続けることでしょう。これをシティポップに括ってみやがれってんだ。

5.人間発電所-Buddha Brand(1996)

個人的な日本語ラップの原点にして頂点。金字塔。トラックのファンキーさとリリックの深さ、リズム感などどれをとっても天下一品です。サンプリング元もさまざまなところから引用しており楽曲に対する彼らのこだわりも見て取れます。

6.頭脳警察-世界革命戦争宣言(1972)

字面だけでも厳ついのにアルバムジャケットでもうノックアウト。二人組の異端児たちのファーストアルバム、その中の一曲目です。内容的にはかなり思想が強いものとなっていますが、聞いていると自分にパワーがみなぎってくる、そんな気持ちになります。学生運動全盛期のこの時代においてとてもマッチするものがあると感じました。バンド名の由来はフランク・ザッパの曲名「Who are the brain police?」から。

7.でも・デモ・DEMO-暗黒大陸じゃがたら(1981)

これもなかなか個性強めの楽曲です。迫り来るようにビートとリズムの応酬。現代的な深みのあるネオソウルではなくJBやオーティスなどに通じる熱いソウルスピリットを感じる曲です。ナイジェリアのスーパースター、フェラ・クティが生み出したと言われるアフロビートにも通じるものを感じます。曲の後半部分に連呼される「日本人って暗いね」という歌詞が曲のシュールさをさらに引き立てています。じゃがたらのリーダー、江戸アケミの強烈なカリスマ性も必見です。

8.バックビートにのっかって-Fishmans(1997)

言わずと知れた日本の音楽史を語る上で絶対に外せないバンド。Fishmans。これがシティポップに括られるようならそれは違うと言わざるを得ません。彼らの楽曲の源流はジャマイカ発のレゲエ、そしてダブです。それを日本のポップス、ロックとうまくミクスチャーし唯一無二の個性的な曲たちを世に送り出しました。彼らの曲は、独特の深みや吸い込まれてしまいそうな感覚を持っています。私はこの曲を選定しましたがぜひともfishmansはアルバムを通して聴いてみてください。

9.Acid Police-Boredams(1994)

これは、、、。まじでやばいです。日本最高のバンドとも言えるし最低のバンドとも言える。音楽の常識や固定観念を全て打ち壊してくれる、そんなバンドです。ノイズ、アヴァンギャルド、そんな形容が陳腐に聞こえてくるくらいスケールの大きいバンドです。おそらく大嫌いな人と大好きな人で二極化するであろうこのバンドは、あのSonic Youthに気に入られ、ツアーに同行してくれと頼まれたことがあるくらいです。また、カートコバーンもボアダムスが好きだったとか。この曲は最高傑作の一つと言われる「Chocolate Synthesizer」からの一曲。聞く人はそれなりの覚悟を持って挑んでください。(笑)

10.つるつるの壺-INU (1981)

後に芥川賞も受賞する町田町蔵率いるパンクバンド、INU。パンクといっても今のJ-Rockの感覚でいくメロコア的なパンクではなく、ニューヨークパンクの原型に近いソリッドなフィーリングを持っています。シュールな歌詞と緊迫感を持つサウンドが聞き手をINUの世界に引き摺り込みます。この曲のサビ(?)の部分の「お前の頭を開いてちょっと気軽になって楽しめ」という歌詞がとてもお気に入りです。

11.オートマチック・フラ-Friction(1979)

こちらもINUに引き続きソリッドなテイストを持つパンクバンド。フリクションの一曲。その当時のニューウェイブ、ポストパンクの潮流を吸収して緊張感のあるサウンドに仕上がっています。決してセールスは良くありませんでしたが、日本のロック史に残る名盤であることは間違いありません。プロデューサーは坂本龍一であり、この一曲は吐き捨てるようなボーカルとソリッドなギター、捲し立て上げるようなリズム隊が心地いいです。

12.上を向いて歩こう-RCサクセション(1980)

シティポップに注目しているとこの偉大なバンドを忘れてしまいがち。そんなとこは決してあってはなりません。忌野清志郎を擁するこのバンド、久保講堂でのライブアルバム「ラプソディー」が特におすすめです。清志郎のソウルフルなボーカルと周りとの駆け引きが存分に楽しめます。特にこの、坂本九のカバーはこの曲そのものの素晴らしさと清志郎らしさが全開に出ており素晴らしい完成度になっています。

13.That will do-Food Brain(1970)

正直、この辺までくるとかなりマニアックです。だがしかしこの曲は日本人が1970年にこれをやれていたのか、というふうに驚かざる得ない内容です。メンバー四人は全員とも別々のバンドから集結しておりいわゆるスーパーグループです。長尺なブルース・ロックですがメンバー全員のテクニックが目立ちまくっている一曲です。インスト曲なので楽器のテクニックが際立っています。

14.塀までひとっ飛び-サディスティック・ミカ・バンド(1975)

加藤和彦、高橋幸宏、高中正義など個性豊かなメンバーが勢揃いしている偉大なバンド。このアルバム「黒船」は日本ロック史における名盤とされることが多いです。活動期間は短いなれど、メンバー各々のその後のキャリアを見ればこのバンドが伝説的なバンドだったということは見て取れるでしょう。「黒船」からのこの一曲はテクニック、サウンド、曲の展開どれをとっても聞き応えのある一曲です。

15.香り-外道(1974)

太く短く生きた70年代の日本のロックバンド。外道。その当時行われていたさまざまなフェスや野外ライブに出場し人気を博した。時折観客には本当の"外道"たちが見に来ていたとか。彼らの勢いは50年近く経った今でも音源を聴いていると伝わってきます。知名度こそ皆無ですがカルト的な人気を持っているバンドの一つと言っても過言ではないでしょう。


終わりに 〜はっぴぃえんど中心史観とは〜

ここまでシティポップに括られないであろう日本の名曲たちを独断と偏見で見てきました。
さてここで日本の音楽史の一つの考え方である、"はっぴぃえんど中心史観"についてお話ししたいと思います。

はっぴぃえんどの4人


 はっぴぃえんどはみなさんが知ってる通り、大瀧詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂で構成される日本のロックバンドですが、彼らがのちのキャリアで生み出した楽曲、手がけたアーティストを軸として音楽史を掘り下げていく、という考え方です。実際彼ら四人の影響力というのは絶大で、膨大なアーティストを手がけ、さまざまな名曲を生み出しています。そしてもちろんシティポップの代表的アーティストの山下達郎や大貫妙子らも、はっぴぃえんどの4人に見出され手がけられたアーティストと言っても過言ではないでしょう。また、松田聖子などの歌謡曲のスターも彼らと深い関わりがあります。(松本隆による作詞など)
このように、日本の音楽シーンに絶大な影響を与えたはっぴぃえんどの四人はシティポップの勃興、成長にも大きな影響を与えていると考えていいでしょう。
しかし、私は性格が捻くれているのでこう考えてしまいました。「この時代の音楽ははっぴぃえんどの4人に支配されているのか?」と。
なので、私はシティポップのアーティスト≒はっぴぃえんどの四人と親交があるアーティスト、とも捉えられると定義付け、今回のリストにそのようなアーティストを入れないようにしました。

 はっぴぃえんどを軸に日本の音楽を見ていくと素晴らしい曲やアーティストにたくさん出会えます。しかしながら、その潮流に全く関係のない同時代の素晴らしいアーティストや楽曲もたくさんあることも事実です。今回のリストはそのような見落とされがちなアーティスト、楽曲たちをぜひ知って欲しいという意図も込めています。まだまだ私も日本の音楽は奥が深くて一部しか知れていないと自負していますが、この記事がみなさんの日本の音楽に対する新たな入り口になることを願っています。

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