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Midnight

 ある人がこんな事を言っていた。怒られるという事は、期待されている事の裏返しだと」

終電、改札から降りた彼は酔っぱらい男に絡まれた。
「おい、何見てんだよ。うだつのあがらねえ顔しやがって」
「いや、すみません。すみません」
「二度と顔見せんな」

彼は大きなため息をつき、
「もう疲れたよ」

家路に着く彼の前にはパントマイム人がいる。
「そこの、おいそこの」
パントマイム人は彼に声をかけた。
「僕ですか?」
「そうだよ、君だ」
「何か用ですか?」
「うだつのあがらない顔をしてるね」
「さっきも同じ様な事言われました」
「鏡で顔見た?酷い顔をしてるよ」
「そんな事言われても」

パントマイム人はギターを弾く真似をして軽く歌を口ずさんだ。
「そんな〜顔をして〜どこに行くんだい〜」
「家に帰るんですよ」

彼は歩き出し、OLに絡まれた。
「ちょっと、何?ムカつく顔してるわね。ぶちのめすわよ」
「すみません」

彼は来た道を少し戻った。
「ほら怒られる。そんな顔をしているからです」
パントマイム人はまだそこにいた。
「勘弁してくれよ」
「夜に嫌われたね」
「何を言っているんですか」
「そりゃあ嫌われるよ。夜もそんな顔をしていたら」

彼の携帯が鳴り出した。
「何だろ、すげーお前に腹立ってさ、どうしようもない顔をしてんだろ」
彼の携帯は切れた。
「ほらね、怒られた」
「顔くらい笑っていようよ」

彼は精一杯の作り笑いをした。
「おい、ムカつくんだよ」
通りがかった酔っぱらい男が吐き捨てた。

暴言を吐き捨てられた彼を見てパントマイム人は少し嬉しそうだった。
「引き寄せるねー、よっ夜嫌われ!」
「語呂悪いし、意味わからないですよ。夜に嫌われるって何ですか?」
「どうしてそんなうだつのあがらない顔をするんだい?」
「それは、、仕事で嫌なこともあったり、日常生活でストレスは溜まるでしょ」
「でもそれは昼の話でしょ?」
「は?」
「だから、君が嫌な顔をさせられているのは、昼の話でしょ?
 つまらない上司も無茶苦茶言う客も鳴り止まない携帯も、それは太陽が出ている時間の話だよねまあ、例外はあるんだろうけど」
「言ってる意味が、、」
「だから、夜は何も悪くないでしょ。なのに君がそんな顔をしているから夜は怒るんだよ、夜が怒ってるから皆んなが君に怒り出すんだよ」

彼は青あざめた表情で3歩後ずさった。
「ダメだ、疲れすぎて幻覚が見えているのかもしれない」

彼がその場から立ち去ろうとした時、酔っぱらい男が現れた。
「テメェ、またしけたツラ見せやがって、ムカつくんだよ!!....」
酔っぱらい男は彼に延々と何か言葉を浴びせていた。

「うるせーな!!負け犬が!」
不意に彼は叫んでいた。
酔っぱらい男は号泣していた。

彼が気づいた時には隣にパントマイム人が立っていた。
「すごい怒るじゃないか、夜も喜んでいるよ」
「はあ?」
「夜にもっと感謝しないと。今君が逃げられる場所は夜しかないんだから」

彼は走り出していた。
彼は踊っていた。
彼は少し笑っていた。

 
 

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