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2022/01/04 後ろの席の人

久々に帰った富士は、すっきりと晴れて富士山が綺麗だった。生まれた時から窓を開ければ富士山が見えて、それは当たり前に存在する山だけど、そのあまりの雄大さに目を奪われしてしまう。

東京で住むところは便利で楽しいけれど、どこを見渡しても美しい景色は存在しなくて、いつかそれが当たり前みたいにあって、毎日綺麗だなと感嘆できる場所に住みたいものだ、と思ってしまう。

娘を連れているので、今回は富士山の麓にあるまかいの牧場に行って来た。子供の頃は『魔界の牧場』だと信じていて、怪しんでいた場所だ。臆病だと心配していた娘が、ためらう事なく馬に乗り、アスレチックを楽しむ姿を見て、心配しなくても子供は時期が来たら何でもできるようになってしまうものなんだな、なんて思った。

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お正月の間は、乗った馬がウンチをするともう一周できる、というスペシャルキャンペーンをやっていて、運がいい事に娘が乗った馬がウンチをした。

「もう一週プレゼントです~」

とお姉さんに言われ、娘は無表情でまた馬に揺られて一周した。


牧場の近くには、高校3年の時に後ろの席で、尋常じゃない程に仲が良かった男友達の実家がある。もう仲良くしてもいられないな、とある時期から私が勝手に諦めて、かれこれ10年程会っていなかった。だけど、声を掛けずに通り過ぎたら後悔してしまうかも、と久々にメールをしてみたら、会う約束が出来た。私が彼を好きなのは、誘いをいつだって断らない所も一つだ。

新年早々パチンコ屋にいる彼と、パチンコ屋の向かいで待ち合わせをする。だだっ広い駐車場から見える富士山は、夕暮れの陽を受けてピンク色に染まっている。パチンコ屋にいる時点で、おそらく彼はまだ独身だ。私は、彼が私の予想を裏切らない事に安堵する。ムスメに「ママのお友達、今パチンコやっているんだって」と言うと「パチンコをやる人なの?」と非難めいた口調で呟いていた。6歳でも色々察するらしい。

いい歳になると、男子は記憶の存在と全く一致しない程にすさまじい変貌を遂げる人がいるものだ。なきにしもあらず、と色んな状態を想像して待ち構えたが、果たして、彼は以前のままだった。会った途端に破顔した顔に浮かぶシワの陰が深くなった程度で、拍子抜けするほど彼は彼のままだった。

私たちは尋常じゃない程仲が良かった。高校の時は授業をさぼって「フライド・グリーントマト」を観に行った。富士に新しい映画館が出来た時は「メリーに首ったけ」を観た。大学の時は、彼があまりにも全てにやる気がないので観劇に誘い、美術館に連れて行って何かを引き出そうと頑張った(無理だった)。このままだとこの人一生海外に行かないんだろうと、しなくてもいい心配をして、海外旅行まで一緒に行った(恋人じゃないので、現地では別行動をしていた)。私がアパレル会社で働いていた時は、私がいる所なら彼も覇気を出して輝けるのでは?と社長に話して入社させて欲しいとお願いまでした(でも彼は履歴書を書かなかった)。ここまでやっても、まるで響かない彼。その頃には私もすっかり大人になったので、もうやめよう、と諦めた。

私がこんなに彼の事を気にしているのに、彼は「子供いるの?え?もしかしてシングルマザー?」と聞いて来た。ああ、やっぱり私の事なーんにも知らない。私も何も言わなかったけれど。私はきっと、私たちの関係が崩れるのが嫌で言わなかったんだ、結婚も出産も。

富士の麓の駐車場、私たちは10年以上前もこうやって会っていた。あの頃は私も独身だった。仕事もまだまだこれから変化し、恋愛や結婚もこれから、だと信じていた私達は、そこに立っているだけでも流れる空気は少し甘やかなものだった気がする。

だけど、40代になった私たちは、もう同じ空気を纏わない。私は彼と旅行には行けないし、二人で映画を観たり、居酒屋にいくこともないだろう。私達はまだ高校の頃と同じように、バカみたいことで笑えるはずだけど、40代のおじさんオバサンがじゃれていて気持ち悪いって思われそう。

年をとるのってなんだか悲しい。本当はそんなに変わっていないのに、いつの間にか同じではいられなくなってしまった。私達はこれからどんどん素敵な大人になるはずだ、とかつては上り調子だったのに、とにかくなるべく現状をキープして健康に努めて欲しいと今は願っている。

何をやっても暖簾に腕押し、交換したLINEにも一つもメッセージは届かないけれど、やっぱり今年の正月は彼の笑顔が久しぶりに見られて、そりゃあもう良かった、と今も顔がちらつく。なんて人なんだ、って思うけれどね。

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