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apprivoiser

習慣になりつつある、弁当への関心事。
はじめは、今日は何が入っているのかと、気づかれないように見るのであったのが、
「今日はなに?」と毎回言葉に出すようになった。
「今日はチョコレート?」
と彼女から話しかけてくるようになったからで、毎朝コンビニで買ってくる菓子パンを見ては、不思議そうな目で見ている。
「欲しい?」
ときどき感じる彼女のにじみ出てくるまだ発されることがないもう一つの言葉を、きっとそうだと確信してみる。
一度目は、彼女は首をふって、前を向いてしまった。しかし、二度目に一袋に4つ入りのクリームパンの袋を開けて差し出すと、「いい?」と「いただきます」を品よく言って袋に手を差し込んだ。
「足りる?」
彼女は遠慮がちにそう言いながら、自分の弁当を見つめて、パンを持つ反対の手で弁当箱を持ち上げて見せた。
「・・・どれか食べて」
食べてしまったブロッコリーの他には小さなつくねハンバーグや卵焼き、プチトマト、にんじんの煮物が詰められていた。
「たまご・・・」
俺の言ったことに彼女は卵焼きをカラフルな紙のカップ皿ごと蓋にのせて俺の机に置いた。
俺は無意識にのばそうとしていた手を引っ込めていた。
小さなクリームパンが彼女の口許へ持っていかれ、はにかむように視線をこちらに向けたと思ったら、かじりついた。
俺は前を向き、たまごを指でつまんで一口に入れた。ほんのり塩味に海苔も入っていたらしい。
「動物の番組とか見る?夜やってるでしょ。珍しい猫でね・・」
彼女はかじったあとさえ遠慮がちにクリームパンを持ちながら、テレビ番組の話をし始めた。
習慣は身に付くと、無意識に他の事にも馴染んで違和感がなくなって来て戸惑う。
まだぎこちないはずの二人の会話が彼女のリードで弾んでいた。彼女は話題が豊富で、相手に合わすことも苦もなくこなすような人なのだなと思う。そして、静かに自然としんとする。
「ランプちゃん、また送って」
すかさず、
「今?」
と、とんちんかんな返答をした。
彼女がおかしそうに笑って首をふった。

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