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Petit maître

ランプが窓辺で小さくニャァと泣いた。
孤高な雰囲気は小猫の頃からだ。じっとカーテンの隙間から外を窺って、わずかに差し込む朝日に対峙している。
まだ起きるには早く、微睡みながら昨日の事に思いを巡らした。

「日曜日?」
昼休みの教室。佐々木はスマホの画面をむけて期待の表情を見せている。
「ライブ?」
「うんうん」
文化祭の熱がまだ覚めずに有志でアマチュアフェスに参加する・・・友人を助けたい!・・・という件で、すでに腰が引けた。
席替えの思いがけないおまけのようだった。
「行くだけなら・・・」
と俺が言ってすぐ、佐々木は礼もそこそこに500円とドリンク代を俺から取って教室から出て行った。
一人の交渉に1分以上はかけないとでも決めているような凄みを感じた。
昼食を済ませて、読書している彼女はブックカバーが新しい。ページがまだはじめのほうで、片側を机に置いて、めくる指は右の手。
「秋山さん・・・」
なるべく小さな声で話しかけた。
「・・・」
「・・・」
そして、反応は一文を読み終えるタイミングで返ってきた。
「はい?」
本が新しそうなこと。「眠いね」とかでもいいはず。ウザいと思われてもいいぐらい、話しかける言葉に彼女は淡々と答えてくれる予感がする。
「日曜日は暇?」
彼女は首をふって、すぐ本に目線を戻した。
「え?」
それ以上が続かない。俺は、思いがけず壁にぶちあたった。
昼休みの終わるチャイムが鳴って、その場がうやむやに消えてなくなっていった。

足の辺りにランプの気配を感じて目を凝らす。温もりが腹の辺りで止まり、体を横にずらして左側を空けてやった。
彼女の日曜日が謎のままだった。
「塾かな?」
声に出しても、答えは出ない。
「デートかな?」
布団をかぶり体を曲げ、傍らの温もりに思わず問い掛けた。
「俺のこと好きかな」
「・・・・」
間を置いて猫は答えた。
「ニャァ」
(聞いたらいいだろうに)
ランプ師匠は眠そうだ。
(みもふたもない)
俺は毒づきそうになるのを我慢した。
(続かない会話は会話とは言わないよ)

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