猫の行方2
「職員室の前?それとも中?」
彼女は俺の心持ち前を歩きながら、顔をこちらに向けてそう訊ねた。
弁当を食べる前に一纏めにした髪は髪留めがとられて、さらりと揺れて明け放された窓の外からの風になびいている。
「廊下にリストがでていて・・・・」
うろ覚えの答えを彼女は少し鼻を膨らませて聞き入って、
「リスト?そこをまず見ないといけないの?」
「ああ、だって誰か間違えて持ってかれたりするかもしれないからね」
彼女はあまり見たことがないような険しい顔をして前を向いた。
あきらめかけていた(猫)物がもしかしたら戻って来るかもしれないのだから、なんとなく気持ちは分かる。ふいに、湖に落とした斧が「金の斧」か「銀の斧」か、なんて話が思い浮かんだ。
僕らはおそらく二人とも、正直に「鉄の斧」を探すような気がしていた。
猫を好きか?と聞いた時、彼女は触ったことがないし、「そういうの簡単に好きとか言っちゃダメでしょ?」なんて言ったのだ。
彼女の弁当袋にぶら下げられていた猫は、ふわふわとして、触りたくなるような小さなぬいぐるみである。
なんで一緒に行くだなんて。
「あれ?」
職員室の階にたどり着いた僕らは職員室の外の壁に目当ての落とし物リストの前に駆け寄った。
表紙が付けられ、壁のフックにひもでぶら下げられたそれは、10枚以上のつづりに手書きで一つ一つ拾われた物の名前と場所、そして日付が記入されている。一枚目から新しくなり古くなるほど後ろに続いて行く。
「ねこ・・・ねこ・・・ぬいぐるみ・・・・」
彼女がそれをめくって指でたどって行くのを俺はすかさず綴りを下から支えて持った。
「ぬいぐるみ・・・・」
「あった?」
「うん」と言いながらもどこか自信はなさそうだった。日付を見れば落とした日のようだが、拾われた場所は体育館と書かれている。弁当袋とはあまり関わりがない場所だった。
「聞いてみる?」
俺は彼女に問う。彼女は綴りを戻して、ほんの一瞬俺を見て、ふわりと音も立てずに職員室の戸に近づいた。
「おーい、あきやま―」
職員室の中から、聞きなれた担任の声がした。
ぺこりと頭を下げて彼女は職員室の中にまた音もなく入っていく。
彼女の後姿が残像として残るように、その幻を見たような感覚が胸を締め付ける。
戸から頭だけ入れるように中の部屋をのぞいてみると、担任の神田が床に置かれた段ボールの前にしゃがみこんで手を入れてゴソゴソとかき混ぜるようにしている。
かやの外に置かれた気分だ。
探しあてられたのか、そばで見守っていた彼女の表情がぱッと明るくなったのがわかった。
はにかんで、神田の手からふわふわしたものを受け取り、「ありがとうございます」と声を出す。
神田が上履きをバタバタと音を立てながら戸口の方へ歩いてきて、彼女がその後ろをついてくる。
「なんか用か?」
とぶっきらぼうに、でもそれがふだんの自然体のように神田は俺に声をかけた。「いえ」と小さく答える俺の脇を通り過ぎ、胸ポケットのボールペンを取りだすと、リストを取りあげ、「じゃ、済にしとくからな」と先ほどのぬいぐるみにチェックを入れた。
彼女は小さなぬいぐるみを抱えた両手を胸のあたりに持ちあげて神田に再び頭を下げ、その彼女の頭にやんわりと一瞬、神田は手を乗せて答えた。
何かをしてあげるつもりだった自分がいたのだと思う。彼女は今、十分笑顔で、思わず目をそらした。
「帰る?」
彼女は俺の言葉に返事するように手に持った猫を顔のあたりで振って、すぐに怪訝な顔をした。
「香水・・・・」
俺の鼻にその猫を近付けて彼女は「ね?」と聞いてくる。ふわふわした毛が、鼻について、かゆい。だが、確かに・・・・香水が。
えっと・・・・
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