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女神の前髪コレクション【ポレポレな日常/第14回】

また、女神の前髪を引きちぎってしまった。

「幸運(チャンス)の女神には前髪しかない」という言葉を素直に信じている私は、目の前に女神を見つけると、とりあえず「えいや!」と前髪を掴む。走り去る女神のスピードやパワーに負けない瞬発力と筋力があると自負しているので、前髪キャッチ率はかなり高い。

けれども残念ながら、気づくと手元には前髪だけしか残っていないこともある。どんなに必死に捕まえても、手を離すまいと握りしめていても、前髪だけを残して走り去る女神は無数にいる。掴んだ前髪に見合うだけの実力がなかったことも多いし、自分にはどうにもならないことも世の中には山のようにある。

役者時代、ディズニー映画やハリウッド映画の吹き替えで活躍されている声優さんのラジオで、コーナーMCを担当したことがある。張り切って全身全霊で取り組んでいたが、半年後、番組のリニューアルでそのコーナーはなくなってしまった。3人で担当していたうちの一人にだけ別の番組に声がかかり、私はその局での仕事はゼロになった。まぁ、そういうことだ。

ライターとして、大手メディアの立ち上げメンバーに選ばれたこともあった。若い頃に夢中で読んでいた大好きなフリーペーパーのWeb版だ。「やったぁ!夢じゃないよね?」台本で書いたら怒られそうなコテコテのセリフを言いながら部屋の中で飛び跳ねてしまうくらいに嬉しかった。数本書いたところでメディアの方針が変更になり、進行がストップした。数ヶ月後にスタートした新体制は私の得意としていたジャンルとは無関係で、当然のことながら声もかからなかった。

イラストを担当していたSNSのプロジェクトでは、プロモーション広告の内容が変更になり想定していた効果がでなかった。試行錯誤する時間の余裕はないまま、タイムリミットで打ち切りとなった。私が結果が出せなかったことで後に続くはずだったクリエーターさんもストップになったことを知り、申し訳なさで胃が痛くなった。

こんな時は、「やらない後悔よりやった後悔」と言うけれど、そんなことないよと思う。女神が走り去ったばかりの時は生々しい傷がつくことが多いし、経験しなければ気づかなかった自分の嫌な感情や、認めたくない現実に向きあうこともある。そしてそれを抱きしめながら、「前髪なんかつかまなきゃよかった。そうすればずっと夢を見ていられたのに」とべそべそ泣く。

それでも、前髪をむしり取られてツルツルの女神を増やしながら突き進んでいるうちに、自分にとっての本当のチャンスに出会える日も来る。その時には手元にある女神の前髪の数だけ上手くやれるようになるものだ。そう考えると、手元に残された前髪は絶望でもなんでもないのかもしれない。

最近また、女神の前髪だけが手元に残ってしまった。人生も後半戦になり、私の手元にある女神の前髪コレクションがどんどん充実してきている。しんどいことも多いけれど、これはこれで面白い。やはり猛ダッシュする女神を見かけたら、とりあえず前髪は掴んでおいた方がいい。失敗しったってなんとかなるし、なんともならなくてもどうにかなる。

ところで女神の前髪が再び生えそろうまでには、どのぐらいかかるのだろうか。なんだかちょっと申し訳ない。


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