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Donna Huddleston "The Exhausted Student"

from Art Review March 2020
Article by Kathryn Lloyd

 しばしば若い女性の群像を描くドナ・ハドルストンのドローイングは揺らぎ、思春期から成年期への移行期のような発達途上の状態をタブロー上の沈黙の生へと抽出する。イギリスの初個展のため、アイルランド系オーストラリア人の彼女は自身のバイオグラフィを振り返り、チェーホフ、ラファエロ、ベラスケス、そしてテネシー・ウィリアムズを参照した演劇専攻の学生だった時の経験から物語を編み出した。その結果、作品の中で人生を上演することの意味を熟考しながら、注意深くそれがされる一連の作品が生まれた。

The Exhausted Student(2019)

 個展で注目を集めるのは幅2メートル以上ある守護聖人のドローイング(全て2019)だ。8枚の紙で拵えられ、劇場で使われているものと同じ布の防音壁の一連のパネルの前にある独立壁に並べられた。ラファエロの同等のサイズの作品である”キリストの遺骸の運搬”からの借用で構成されているが、ハドルストンの作品ではキリストは腕を周りの人物に抱え込まれている女性に置き換えられ、だらんと垂れた彼女の腕にある絵の具の垂れる筆はキリストの流血した聖痕を思い起こさせる。マグダラのマリアは斑点か鱗状の跡のあるベールに顔を覆った女性に演じられ、彼女のペールイエローの髪は固定された木製のカツラのような頭部に収められている。マリアのキリストの遺体を掴む心痛、絶望とは対照的に、この女性は距離を置いたところから、冷静な表情で生徒を見る。彼女は無気力なその彼女の腕を掴む、まるで自分の脈を確かめるように。

 人物は色鉛筆のレイヤーで形作られ、また彼らの服装は何度も何度も洗濯されたような印象を与え、もともとあった色の鮮やかさは漂白されている。表現は演劇的な記号表現によって伝えられている—— 口に添えられた手、彼らが背後の方向へと流れていくのがわかる眼球。ハドルストンはディテールによって人格を作り上げる。古めかしいベレー帽、耳にかけられた鉛筆、血走った目、マニキュア、皺。"The Call"では女性が劇的に肘を曲げながら錆びた電話を耳に当て、彼女の眉は激しい苦痛で皺を寄せている。彼女の苦しそうな演技はその電話の重要性を露見させるが、他には何も明かさない。ジェスチャーと儀式に注目すると、アーティストは彼女のあらゆるより深い意味の情景を洗い出し、それを私たちに純粋な見せかけとして還す。

The Call(2019)

Las Meninas / Velázquez(1656) 

 この展示の中で、演劇や美術史へのより多くの参照が、丁寧に暗号化された作品を通して現れている。The Callの画面正面への注視と構造的なドレスはベラスケスのラス・メニーナス(1656)を思い起こさせる一方、彼女の服のトカゲの鱗のようなプリントはテネシー・ウィリアムの劇"イグアナの夜"(1961)に相槌を打つ。これはアーティストの不可解な展示のテキストでも引用している。彼らが表現する情景は静的でありながら、これらのドローイングは決して完全に落ち着くことはない。その代わり彼らは劇と彼ら自身の熱望によって”苦しんでいる(exhauted)”生徒のために崩壊する生の分離の間にある熱っぽい、夢のような状態を引き起こす。セルフパロディと誠実さの間に滑り込む、The Exhausted Student は創造的労働と、犠牲と、大志における皮肉な教えだ。

Kathryn Lloyd

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