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バイクツーリング 〜静岡 富士山〜 その9


どうしてあんな風に
会釈してくれたんだろう。


さっきのシーンを思い出す。


優しそうな人だった。
物腰が柔らかい。


普段、ツーリングで
挨拶しあうことはない。

わたしが緊張しているからか
ひと気のないところを選ぶからか

ツーリング先で
挨拶や会話をかわすことはほとんどない。


だから、目の前を通っただけで
会釈してくれたことが驚きだったし

わたしを知っている風に見えたことが
不思議だった。


さっき、太郎坊で隣にいた人かなぁ。


そう思いながら
初めに思ったあの人と重なる。

逢ったことがないのに
そう思った自分が不思議でならない。


物腰と立ち居振る舞いと。


もういいや。
そう思った理由はわからないけど
逢ったことにしておこう。


考えてもわからないことは
一旦、頭の隅に置く。


よし。
まずは、水ヶ塚パーキングに行こう。

そこで、次の行き先とルートを決めよう。


思考を一旦止め
準備を整えて、バイクに跨った。




ここからは、富士山は見えない。

右カーブを曲がり、一段下がったところに
パーキングがあった。

バイク連れの人たちが数人集まって
自分のバイクの写真を撮っていたので
遠慮して通り過ぎた。



五合目から下っていく。
なんとも言えない気持ちになる。

この感情は何だろう。


路面のコールタールを見ながら
走ることに専念する。

路面が荒れているから。
下りの方が転倒しやすいから。


しばらく走っていたら
写真が撮れないことに気づいた。

富士山を背にしているので
どこが撮影ポイントなのかわからない。


だから、下りは停車禁止じゃないのか。


振り向いて走ることはできない。
行きに撮れなかった写真を撮るのは諦めた。




下がるにつれて、雲が増える。


あの雲海に突っ込んでるのか。


五合目で見た景色を思い出す。


晴れたところから
木々が多く陽射しのない薄暗い道へと変わる。

前後に車がいたような気もする。
それもはっきり覚えていない。



この下りの記憶が、実はあまり無い。

周りの景色も
わたしの中ではモノクロに記憶されている。


色を失った世界で
心の中が無くなってしまったような

表現できない気持ちを抱えて
ただ走り下りた。




行きより早く
ふと気づくと出口だった。


ゲートをくぐる。


右には行けない。
本当はそっちに行きたいのに。


行けないことに、余計心がしんとして
左折してパーキングを目指す。




水ヶ塚パーキングに着いた。

広い。
週末は、ここがいっぱいになるんだろうか。

数台の車とバイクが停まっていた。


そのバイクから少し離れて停める。

ずっと背にしていた富士山を見るために
振り向いた。


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富士山は見えなかった。


さっきまで、あんなに晴れてたのに。
さっきまで、あんなに間近にいたのに。




タイムラプスで、しばらく富士山を撮った。
(やっぱり、映像がちょっと短い。)

雰囲気はわかってもらえるかな。

こんな風に
次から次へと雲が押し寄せてきていた。




しばらく見えない富士山を見ていた。

だいぶ時間が経った気がしたけど
写真の時刻を見ると10分ほど。


雲が切れた。


画像2


あっ。富士山がのぞいてくれた。


少し、心があったかくなる。
このまま、見えないのかと思ったから。


少し、勇気が出る。
次のポイントに行こう。

どこから行こうか。


行きたいところは、あと2箇所あった。
どっちへ先に行くかで、ルートが変わる。




決め手は、行きの道だった。


あの道を、もう一度走りたい。


行きに通った道を戻ることにした。


あの道を走れば、気分も上がるはず。


沈んでいる自分を励ますために。
楽しかった道をもう一度走ってみよう。




バイクで通り過ぎながら
お店の電気がついていることに気づく。


お店に入る手もあったけど

もう一度バイクを停めて
中に入る気は起きなくて、そのまま通り過ぎた。



行こう。

あの道が待っているから。






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