ジャッジもまた良し

自分を生きるようになってからジャッジするのは良くないと思っていた

自分をジャッジしてるから人も良い悪いとジャッジしてしまう、と

善悪を作っているのは自分であり、物事に善悪は無い

そんな知識が入ってきてその通りだと思い、ジャッジする自分はダメだとか、ジャッジを手放そうとしてきたけど今はそれもありだと思う

ジャッジは自分の視点を知る手段としてあっていい

物事が必ず陰陽で一つという視点さえあれば悪(誤)を見つけた時にその裏側の善(正)を見つけることができるから

例えば落ち着きがないのは良くないというジャッジをしたとすれば、エネルギーに満ち溢れているとか、元気いっぱいという視点を見つけることもできる

どんなことも必ず視点は一つじゃない

だからジャッジはその視点を探す手段の一つとして使えばいい

そして気分が上がる視点を自分に採用すればいいだけ

自分にとってあり得ない出来事ほど新しい視点を見つける努力をしたいな

そうすれば相手が悪いという視点も違った視点ができるようになる

それができたら全てが感謝に変わるはず

感謝とい最高に良いエネルギーに変わっていくことでみえる世界は全く違うものになるし、実際に変わっていく

そして視点はどんどん高くなり、自分の世界がぐんと広がる

私はそう在りたい

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