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プライマリ・ケアの、健康やヘルスケアへの寄与(7)

 今回は、プライマリ・ケアはケアの質へどう貢献しているかの考察です。

 古くは、専門医とジェネラリストそれぞれの診療を、ケアの質評価の軸としてガイドラインの順守率で評価されていました。
 呼吸器内科医とジェネラリストの比較をした文献では、専門科の診療の方が発作で救急受診・入院する頻度や死亡が少なく、専門科に診てもらうべき喘息患者をいかに選別するか、全体のバランスが大事であると指摘しています。マネジドケアのような「まずかかりつけに」というゲートキープ機能が患者側の責任を強め、結果としては入院や死亡を増やし、医療経済的にも害につながるのではないかと警鐘を鳴らしました。

Bartter, T., and M.R. Pratter. 1996. Asthma: Better Outcome at Lower Cost? The Role of the Expert in the Care System. Chest 110:1589–96.

 消化器内科医とジェネラリストの比較では、専門医の方がジェネラリストよりも早くヘリコバクターピロリに対して抗生物質療法を使用していたと報告しています。この文献が出版されたのは、消化性潰瘍に対するピロリ菌除菌の有効性が確立した頃のことでした。調査方法は、医師に対するアンケート調査であり、専門医の方が回答率も良かったとはいえ、明らかに除菌率には差を認めました。しかし、そういった新たな医学情報の普及や活用は専門医とジェネラリストで異なるであろうこと、ジェネラリストの「待ってみる」態度などが影響したのではないかと推察されています。
 確かに、新規の薬剤を非専門医がいきなり使用するのには抵抗がありますし、検査や治療を行うデメリットも考慮し、時間軸を意識して慎重な診療を行なっていたかもしれないというのは、実臨床でも納得の考察です。

Hirth, R.A., A.M. Fendrick, and M.E. Chernew. 1996. Specialist and Generalist Physicians’ Adoption of Antibiotic Therapy to Eradicate Helicobacter pylori Infection. Medical Care 34:1199–1204.

 逆に、プライマリ・ケアの質を測定するような軸で評価(プライマリ・ケアの定義である、「協調性」「「近接性」「予防的医療」など)すると、ジェネラリストの方が質が高いと結論づけられています。

Grumbach, K., J.V. Selby, J.A. Schmittdiel, and C.P. Quesenberry Jr. 1999. Quality of Primary Care Practice in a Large HMO according to Physician Specialty. Health Services Research 34:485–502.

ジェネラリストと専門医の変遷

 米国において、1997年から2010年にかけ、プライマリ・ケアを提供している医師の特徴の変遷を調査した研究があります。
 NAMCS( the National Ambulatory Medical Care Survey)というデータベースを用い、家庭医/一般内科医、内科系の専門医、産婦人科医を対象に(精神科医、神経科医、外科医などは除外)、成人に対する周産期以外の受診を対象に調査しています。ジェネラリスト、専門医、産婦人科医の3群で比較検討されました。プライマリ・ケアに関する受診を、各々の医師に対し「あなたは患者のかかりつけ医ですか?」と質問し「はい」と答えた場合と定義しました。
 専門医では、「はい」と答える頻度が年々減っていたのに対し、ジェネラリストはほぼ変わらずに推移していました。あくまでアンケートであるという調査の制限はありますが、専門医がプライマリ・ケアとしての役割を認識しなくなっている傾向があるようです。

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 それぞれの医師が対応している疾患として、うっ血性心不全、虚血性心疾患、癌の受診は専門医で多く、うつ病のような精神疾患や新規で多様な健康問題はジェネラリストの方が多かったです。ガイドラインに準じたケアができているか、という意味でのケアの質は、冠状動脈疾患に対するアスピリンやスタチンの処方、喘息に対する吸入ステロイドなどは専門医の方が質が高く、高齢者に対する不適切処方はジェネラリストの方が少ないという結果でした。

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 新しい問題を抱えた患者さんにとって「First Contact:最初の窓口」として、ジェネラリストが効果的に機能していることが示されました。
 ケアの質は、専門医とジェネラリストでそれぞれ特徴がありましたが、継続性、全人的な視点、ケアの調整などの指標は評価できておらず、プライマリ・ケアは専門医療よりも質が低いという「還元主義的誤謬」につながることの懸念を、Primary Care Paradoxの文献を引用し指摘しています。

Trends and Quality of Care in Outpatient Visits to Generalist and Specialist Physicians Delivering Primary Care in the United States, 1997–2010

Primary Care Paradox

 上述した文献が指摘している通り、個々の患者さんへのケアの質は、専門医の方がジェネラリストよりも優れている面も多いです。ですが、かかる費用としてはジェネラリストの方が少なく、集団の健康状態や公平性にもジェネラリストの方が良い影響を与えている、という矛盾した結果がでています。これを、Primary Care Paradoxと言います。

 Paradoxに見える原因として、質を測定するツールの軸の違い、つまり何を以て「質が高い/低い」とするかによって、見えてくるものは異なってきてしまう点があります。個々の疾患に対する診療の質に注目し、それを疾患だけで成り立っているわけではない個人や社会全体に当てはめようとすると、還元主義的誤謬につながります。逆に、集団を対象にした研究を個々人や疾患に当てはめようとすると生態学的誤謬につながってしまいます。それぞれの長所と短所を理解しつつ、結果を解釈する必要があるのですね。

 また、プライマリ・ケアにおいては、Multimorbidity、健康の社会的決定要因に関連した問題、未分化な問題、個々人や地域のコンテクストなどを意識した診療が欠かせません。専門的な医療は、特定の医学的知識やスキル必要とする人々にとって重要であり、集中的にリソースを投入することで良いアウトカムを得ます。特に稀な疾患で個人の健康や生活への影響が大きい場合、専門医による診療が欠かせません。

Kurt C Stange, Robert L Ferrer. The paradox of primary care. Ann Fam Med. Jul-Aug 2009;7(4):293-9.

まとめ

 疾患レベル、個人のレベル、集団や地域のレベル、社会全体のレベルで、それぞれのケアの質をきちんと理解し解釈しないと、Primary Care Paradoxのような誤解が生まれてしまうことを学びました。診療の質をどう評価してきたか、歴史的なところから学び直した形になりましたが、改めて「質を評価する」ことの難しさを感じます。過去のエントリーでIHIのtriple aimをご紹介しましたが、これもあくまでIHIの設定している目的を達成するため、というlimitationに注意すべきなのでしょう。

 ちょうど、大浦先生の医学会新聞の連載で悪性腫瘍とMultimorbidityのことがまとめられており、プライマリ・ケア医と専門医の連携の重要性が指摘されていました。

 先日も肺がんの終末期のケアにあたっている中、呼吸器内科主治医の先生と今後について相談したところ、自分の知らなかった知識的なことを丁寧に指摘いただきました。当たり前ですが、ジェネラリストと専門医が協働しスムーズに連携を図りながらケアにあたることが、重要であると改めて感じたのでした。

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