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学生を対象にした訪問診療の実習

 鹿児島大学では、「地域医療実習」として様々なへき地・離島での実習を行っています。ですが、covid-19の流行に伴い、へき地・離島への実習ができなくなっています。この地域医療実習の一環として、鹿児島市内の在宅診療実習も2日間ですが行われており、こちらがこの3月から再開されることとなりました。
 改めて、在宅医療の教育に携わるに向けて、勉強しなおしてみました。

一般的ニーズ

 大学からは「地域医療実習」としてのしっかりとした目標・ゴールが示されており、例えば
▶︎地域医療に関する現状、課題、医師の役割、システム
▶︎保健・福祉制度
▶︎全人的医療や良好なコミュニケーション、BPSモデル
▶︎地域包括ケアシステム
などが挙げられています。
 在宅医療に関しては、『在宅医療に参加し、在宅医療について説明できる』とされています。在宅医療を説明できる、というのも難しいなと思いましたが、地域医療実習の一環であることを踏まえ、在宅医療に関する今の制度におけるあり方や現状についてまず示すことにしました。

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 「訪問診療」と「往診」という言葉の使い分けについては、歴史的な変遷も踏まえて現在の在宅医療における制度を説明した上で話すことにしています。在宅医療の歴史的変遷については以下にまとまっています。

 さらに、『在宅医療に参加し、在宅医療について説明できる』という点については、制度や現状の説明だけでは不十分でしょうし、かといって言いたいことはたくさんあるので何にしぼろうかと悩みました。日本在宅医療連合学会の専門医制度のHPで、「在宅医のプロフェッショナリズム」が示されており、こちらを示した上で実際の訪問診療に参加してもらい、実際の診療から「在宅医療はこういうものだ」と感じてもらいたいと考えました(見られるこちらとしては緊張感もあります)。

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学習者のニーズ

 本来であれば、個々の実習学生に対して事前に在宅医療に対するイメージやどんなことを学びたいと思っているか分析したいところなのですが、今回はそれができず、当日に実習開始にあたってのニーズ評価を行うことにしました。

カリキュラム・マッピング

 指導側と学習者側の双方が、学びの全体像と個々の学びの要素がどう関連しているかを視覚的に表現したものを、「カリキュラム・マップ」と言います。カリキュラムは、指導側・学習者側の双方はもちろん、ステークホルダー含め透明性の高いものである必要があるとされます。今回は以下のようなマップとしてみました。

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 学習目標を、
①現在の制度における在宅医療の特徴を理解している。
②在宅医のプロフェッショナリズムを理解している。
③在宅医療の現場で経験したことから自らの学びを得る。
としました。①②は今回の実習でどの学生にも学んでもらいたいこととし、③は学習者のニーズが把握できていないこと、在宅医療において学びうる内容は多岐に渡ることを踏まえ、学生さんにとって印象的だったことや勉強になったと思ったことなどを深めてもらうよう、振り返りのフォーマットも作成しました。

さらに在宅医療について学ぶ

 そして、実際に在宅医療の現場に出ていくにあたって、知識として知っておいた方がいいことは数多くあります。その中で、在宅での医療にはいくつか種類・役割があることを示しておくと、学生さんにとって理解しやすいのではないかと思い、以下の図を示しています。

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1. 在宅医療も、往診であれ定期訪問診療であれ、今の患者さんの状態をきちんと診断し適切なケアにつなげることは重要です。特に在宅医療では(小児在宅診療でなければ)ご高齢の方やコミュニケーションに工夫を要することが多く、家族や介護者からの訴えやちょっとした変化で急病の診断に至ることもしばしばです。さらに、診断をつけた上で患者さんらの意向や療養の場という背景などを踏まえたマネジメントが求められます。
2. ここが通常診療の多くを占めると思います。最近のトピックであるMultimorbidityやChronic Care Modelの理論を意識して、疾患の管理目標や薬物治療のことだけでなく、個々に合ったケアの方法や医療・介護に限らない関わりを踏まえていることが重要です。薬を誰がどのように管理し、実際に飲むときはどうしているかを自宅の状況を見ながら本人・家族に尋ねることができるのは、在宅医療ならではだと思います。
3. 数は決して多くないですが、訪問の頻度がどうしても多くなるため、学生さんが経験する機会も少なくありません。これまでの医学的な経過から、現在の状態を適切に評価することだけでなく、これまで患者さんが疾患とどう関わってきたかや今をどう受け止めているかを聞かせてもらうこと、多面的で包括的な苦痛の評価のこと、在宅でのケアに携わる多職種で支援体制をとっていることなど、学びの多い領域です。
4. ここは1.とも重なるところがありますが、急病に対して在宅で治療を行うとなった場合の在宅ならではの対応は、病院でみる機会がないものだと思います。医療的処置の具体的な方法だけでなく、訪問看護と協力するための制度の理解も学びのポイントになります。特に、施設によって訪問看護の利用には制限があることや、病院勤務であっても訪問看護は活用できることなども伝えていきたいと思います。
5. 退院前カンファレンスや退院直後の在宅における担当者会議などが、ここに当てはまるかと思います。病院から退院してくるということは、医師だけでなく、身近に看ていたスタッフもガラッと変わる(病院であれば看護師やセラピスト→在宅では家族や介護スタッフなど)ため、スムーズで安全な移行のために何が必要なのかを意識してもらいます。

在宅医療の実習による学びの効果

 そもそも、在宅医療の実習によって、どのような学びの効果があるのでしょうか。ざっと調べた限りでは、決してその教育効果についての報告は多くありませんでした。私自身は、初期研修時代に在宅医療の実習がきっかけでこの道に進むことになったという経験があるので、実感として教育効果があると思ってしまっているところがあります。
 先行研究では、以下のようなものがあります。

▶︎訪問診療, 訪問看護帯同実習による在宅ケア教育により,医学生において,在宅ケアに対する肯定的な見方が養われた

石垣和子ら. 医学生への在宅ケア教育の有効性について-学生の学びの過程および実習経験者へのアンケート調査から-. 医学教育 第26巻 第1号 1995年.

 1995年の時点で在宅医療についてこのように教育効果をみていた、ということがすごいなと思います。介護保険制度ができる前なので、訪問診療自体、まだまだ認知度が高くない時代だったと思います…。かなり先進的な取り組みだったのではないでしょうか。

▶︎実際の在宅ケア現場での実習後に,経験症例についてのPBL方式の学習を行ったところ、医療機関連携の必要性、インフォームド・コンセント、患者医師関係の確立の重要性の気づきに有用であった

定本清美ら.  在宅医療実習におけるPBL -体験例を生かした学習の意義-.  医学教育 2003,34(1):29

 実際に訪問診療の実習に参加した後で、全ての学生の事例ではなくいくつかピックアップしてではありますが、事後で事例をPBL(Problem-based learning)形式で学びを深めるという方法をとっています。ある意味、振り返りのような学びの構造になっていると思われ、特に自身が経験した事例を扱った学生さんにとっては非常に学びが深まったのではないかと思います。また、実際の実習というon the jobとPBLというoff the jobの学びが交互に行われたことも、学びが深まった一因ではないでしょうか。

 ぜひ自分の勤務先の実習でも、この先行研究のように学生さんにとって学びの深い時間になれるようにしたいです。

実習に向けて

 実は3月中ばからすでに実習が始まっており、2日間だけではありますがいろいろなセッティングの在宅医療を経験できており、事後アンケートでも概ね好意的な結果です。在宅医療の実習が初めてという学生さんもいれば、別のところで実習に参加経験のある学生さんもおり、ニーズもそれぞれ異なっているため、短い時間であるものの学びを深められるようにしたいと思っています。
 私自身、診療に学生さんが同行していることで、いい意味での緊張感があるのと、様々な質問が飛んでくるので逆に学びのきっかけをもらっているところがあります。学生さんと一緒にお互い学びあえるような時間を目指していければ幸いです。

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