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プライマリ・ケアの、健康やヘルスケアシステムへの寄与(1)

 医学的に最先端の研究がいかに人々の健康や疾病に寄与するか、ということは注目されやすいですが、プライマリ・ケアもヘルスケアシステムにおいて重要であると認識されるようになり、その根拠が蓄積されています。
 少し古い米国のデータを中心とした文献にはなりますが、プライマリ・ケアに関する根拠として非常にまとまっているので、ご紹介したいと思います。

 そもそもプライマリ・ケアという用語は、1920年にイギリスで発表されたDawson Reportまで遡ると考えられています。Bertrand Dawsonは、英国のNHS(Nation Health Services)設立のきっかけとなったBeveridge Reportの20年以上前に、医療機関を「プライマリ・ヘルス・センター」と「セカンダリ・ヘルス・センター」に分けて、システムとして機能するような形が望ましいと提言しました。このプライマリ・ヘルス・センターでは、一般的な疾患の治療だけでなく、予防的な介入や在宅医療までカバーし、セカンダリ・ヘルス・センターではより専門的な医療の場としてプライマリ・ヘルス・センターから紹介されて対応する、というシステムを想定していたようです。また、プライマリ・ケアが地域におけるヘルスケアサービスのハブになるべきだとも示唆されています。この頃すでに、現代でも望ましいとされているシステムの話がなされていることに驚きですね。

Ministry of Health. Interim Report on the Future Provision of Medical and Allied Services 1920 (Lord Dawson of Penn).

米国におけるプライマリ・ケアの変遷

 米国においては、20世紀初頭からずっと専門医の養成に力を入れ、医師の専門分化が進んできました。そのため、プライマリ・ケア医としての教育はなかなか進まず、専門医とプライマリ・ケア医の不均衡を生じてしました。
 そういった動きに対し、1960年代以降「家庭医」が他国の医師とも協力して、家庭医という新たな専門性を確立し、卒後研修にジェネラリストとしての教育が組み込まれるようになりました(このへんはMcWhinneyの『Textbook of Family Medicine』や、https://www.hcfm.jp/fm/history.htmlなどが参考になります。)。家庭医だけでなく、一般内科医や小児科医もプライマリ・ケアを提供する「専門性」として認められるようになり、医学研究所(Institute of Medicine:IOM)から、プライマリ・ケアの定義が出されました。概ね以下の4つをプライマリ・ケアサービスの特徴としました。
▶︎ 新たなニーズをまず相談できる窓口
▶︎(疾患ではなく)人に焦点を当てた継続的なケア
▶︎ほとんどの健康ニーズ包括したケア
▶︎他でのケアが必要となる場合にそれを調整できるケア
 このような流れにあっても、まだまだ専門医志向は強く、この文献はで、プライマリ・ケア医と専門医の不均衡が是正されれば、より良いヘルスケアにつながると期待しています。

プライマリ・ケア医の存在と健康アウトカム

 人口10,000人あたりのプライマリ・ケア医(ここでは家庭医・総合診療医・一般内科医・一般小児科医を指す)の数が多いと、社会人口統計学的な点(高齢者、都市部マイノリティの割合、教育、収入、失業、公害)やライフスタイルの要因(シートベルトの使用、肥満、喫煙)を調整した後でも、各種死亡率や低出生体重児の頻度が低く、自己申告による健康状態が良いなど、健康に関するアウトカムに正の関連を示すことが分かっています。

Weiner, J.P., and B. Starfield. 1983. Measurement of the Primary Care Roles of Office-Based Physicians. American Journal of Public Health 73:666–71.

 1985〜1995年の期間に行われた州レベルでの調査では、プライマリ・ケア医の存在が全原因死亡率の低下と有意に関連していたのに対し、専門医の存在はより高い死亡率と関連していたという結果でした。プライマリ・ケア医を、家庭医・一般内科医・小児科医に分けてみると、家庭医のみが低い死亡率と有意な関連を示しました。

Shi, L., J. Macinko, B. Starfield, J. Wulu, J. Regan, and R. Politzer. 2003a. The Relationship between Primary Care, Income Inequality, and Mortality in the United States, 1980–1995. Journal of the American Board of Family Practice 16:412–22.

 郡レベルの分析で、プライマリ・ケア医の存在は、全死因死亡率だけでなく、心疾患や癌の死亡率の低さとも関連していました。特に非都市部において、プライマリ・ケア医が多いと全死因死亡率は2%、心臓死は4%、癌死は3%低かったという結果でした。都市部(少なくとも50,000人の都市を含む郡)では有意な差は認めませんでしたが、これは所得格差の度合いが小さいものの人種差が大きかったためと考えられています。大都市圏、都市部、農村地域における75歳以前の死亡率を調査した研究では、プライマリ・ケア医の存在とは関連が一貫していないことがわかっており、プライマリ・ケア医の数と人口の両方に大きな変動がある地域では、有意な結果がでないと考察されています。

Shi, L., J. Macinko, B. Starfield, R. Politzer, J. Wulu, and J. Xu. 2005a. Primary Care, Social Inequalities, and All-Cause, Heart Disease, and Cancer Mortality in U.S. Counties, 1990. American Journal of Public Health 95:674–80.
Mansfield, C.J., J.L. Wilson, E.J. Kobrinski, and J. Mitchell. 1999. Premature Mortality in the United States: The Roles of Geographic Area, Socioeconomic Status, Household Type, and Availability of Medical Care. American Journal of Public Health 89:893–8.

 州レベルでの調査で、低出生体重児は経年的なプライマリ・ケア医の増加に伴い有意に減少していました。この結果は乳児死亡率の低下も同様で、さまざまな社会経済的特徴と所得格差を抑制しても明らかでした。

Shi, L., J. Macinko, B. Starf ield, J. Xu, J. Regan, R. Politzer, and J. Wulu. 2004. Primary Care, Infant Mortality, and Low Birth Weight in the States of the USA. Journal of Epidemiology and Community Health 58:374–80.

 プライマリ・ケア医の存在とより良い健康アウトカムとの関連は、米国以外でも明らかになっています。
 英国において、15歳から64歳での全死因死亡率の標準化死亡率は、プライマリ・ケア医の供給が多い地域では低くなっています(※英国では米国と異なり、小児科医や内科医はプライマリ・ケア医と見なされていない)。人口10,000人あたり一人のプライマリ・ケア医が増えることで、死亡率は約6%減少しました。さらに、急性心筋梗塞による死亡率、入院、10代の妊娠の頻度とも有意に関連したという結果も出ましたが、こちらは社会経済的な貧困やつながりの広さを考慮すると統計学的な有意差は消えてしまいました。プライマリ・ケア実践には、単にプライマリ・ケア医の存在だけでなく、社会的決定要因も健康転帰に大きな影響を与えた可能性がここで示唆されました。

Gulliford, M.C. 2002. Availability of Primary Care Doctors and Popu- lation Health in England: Is There an Association? Journal of Public Health Medicine 24:252–4.
Gulliford, M.C., R.H. Jack, G. Adams, and O.C. Ukoumunne. 2004. Availability and Structure of Primary Medical Care Services and Population Health and Health Care Indicators in England. BMC Health Services Research 4:12.

まとめ

 プライマリ・ケアを提供する医師の存在が、より良いヘルスケアにつながるという根拠がまとめられていました。この文献ではあまり言及されませんでしたが、プライマリ・ケアの定義や特徴を理解して、より良い健康アウトカムにつなげられる診療を行えるような教育体制も重要だと思います。
 引き続き、この文献のご紹介をしていきます。

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