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プライマリ・ケアの、健康やヘルスケアシステムへの寄与(5)

 プライマリ・ケアのまとめシリーズ、今回で5回目です。

 今回はコストについてのまとめです。
 プライマリ・ケア医の存在は、健康状態の改善だけでなく、医療サービスにかかるコストの低減とも関連しています。プライマリ・ケア医師と人口の比率が高い地域では、より良い予防ケアや入院率の低下によって、医療費の低減につなげることができます。

プライマリ・ケア医の存在は医療費を削減する

 以前もご紹介しましたが、普段の受診先として、専門医ではなくプライマリ・ケア医がいると回答した米国の成人を対象に、かかった医療費や5年間の死亡をアウトカムとして設定した研究があります。健康状態・人口統計学的特徴(人種、教育年数、経済状況)・健康保険の種類(Medicaid、Medicare、private)、健康への認識(MOS generai health surveyで主観的健康状態を測定)、実際の診断名、喫煙といった背景を調整しても、特定のプライマリ・ケア医がいる群で医療費は安く($ 2,029 vs $ 3,100)5年間の死亡も少ない(調整前:6.2% vs 8.1%、調整後のハザード比 0.81, 95%CI 0.66-0.98)という結果でした。
 この研究の背景として、
①プライマリ・ケア医は専門医と比べ、同じ疾患をみたときに疾患特異的な症状ではなく、非特異的で複数にわたる主訴で受診した患者さんを相手にしている
②プライマリ・ケア医の重要な特徴として、適切なタイミングで専門医に紹介するという「調節性」がある
という理由から、専門医とプライマリ・ケア医の診療は直接比較できないと指摘されていました。それを踏まえて、様々な要因を調整しての研究でした。

Franks P, K Fiscella. 1998. Primary Care Physicians and Specialists as Personal Physicians. Health Care Expenditures and Mortality Experience. Journal of Family Practice 47:105–9.

 同じく、プライマリ・ケア医の存在と医療費との関連について、高齢者や障害者を対象にしている米国の保険であるMedicareを対象に調査した研究があります。このMedicareはパートAからDまであり、
パートA:強制加入。入院や施設などの費用。
パートB:主に外来や予防医療の費用。
パートC:契約を結んだ民間保険会社からの給付。
パートD:薬剤の費用。
という分類があり、この研究ではパートBの調査になります。
 プライマリ・ケア医が多く存在しているところ(24 / 人口100,000あたり)と少ないところ(7.2 / 人口100,000あたり)を比較すると、患者一人当たり261ドル医療費支出が少ないという結果でした。

D H Mark, M S Gottlieb, B B Zellner, V K Chetty, J E Midtling. Medicare costs in urban areas and the supply of primary care physicians. J Fam Pract. 1996 Jul;43(1):33-9.

プライマリ・ケア医と専門医の診療の違い

 余談になりますが、こういった医療経済的な研究をはじめ大規模に調査を行う場合、プライマリ・ケア医と専門医の診療の違いに注意しなければなりません。
 医療システムにおける受診のあり方の違いを、以下に示します。このように、診断・費用・臨床医としての見方などの点で様々な違いがあることが分かります。この点を踏まえて考えることが重要です。

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Rosser, W.W. 1996. Approach to Diagnosis by Primary Care Clinicians and Specialists: Is There a Difference? Journal of Family Practice 42:139–44.より筆者改変

質の高い医療は医療費の低さと関連する

 同じくMedicareを対象として、医療の質と医療費の関係を調査した研究もあります。ここでいう医療の質とは、6つの一般的な病状(急性心筋梗塞、乳がん、糖尿病、心不全、肺炎、脳卒中)のエビデンスに基づいた医療に関することで、具体的には「退院時のβブロッカーの処方(おそらく心疾患での入院についてだと思います)」、「特定の年齢における女性の2年ごとマンモグラフィ」、「糖尿病患者のHbA1cモニタリングと毎年の眼底検査」、「心房細動に対するワルファリンの処方」などです。
 この質を地域ごとにランキングしてみると、上位の地域ほどかかっている医療費が少ないという結果でした。また、プライマリ・ケア医がいる地域の方が、質の高いケアが提供され、結果として低コストで医療を提供できていることが分かりました。人口10,000人あたりプライマリ・ケア医を1人増やすと(医師の総数を一定に保つために専門医の数をその分減らす)、患者1人あたり684ドルの全体的な支出の削減につながると試算されています。

Baicker K, A Chandra. 2004. Medicare Spending, the Physician Workforce, and Beneficiaries’ Quality of Care. Health Affairs W4:184–97

肺炎にかかる医療費も医師によって異なる

 高齢者や障害者を対象とした保険であるMedicareのレセプトデータを用い、65歳以上(平均値・中央値ともに80歳前後)の市中肺炎によって入院した患者さんを対象に調査した研究があります。アウトカムは、退院後30日と90日の死亡率と退院後30日間の再入院率でした。
 プライマリ・ケア医かそうでないかで、死亡や再入院に関しては有意な違いはありませんでしたが、専門医の方が医療費は高くかかったという結果でした。ただし、医療機関の分類として教育病院の方が重症な肺炎患者をみていたり、都市部の病院の方がリスクを多く抱えた患者さんをみていたということ、処方薬や病院以外の治療にかかった費用は推計できていないこと、診断分類があくまでレセプトデータであり実際の診断と異なる可能性があることなどが、この研究の限界として示されています。

J Whittle, C J Lin, J R Lave, M J Fine, K M Delaney, D Z Joyce, W W Young, W N Kapoor. Relationship of provider characteristics to outcomes, process, and costs of care for community-acquired pneumonia. Med Care. 1998 Jul;36(7):977-87.

ゲートキープ機能と医療費の関係

 OECDもプライマリ・ケアに関してまとまったHPを紹介しています。効用や公平性のことや患者中心のケアなど、様々な視点からまとまっています。

https://www.oecd-ilibrary.org/sites/a92adee4-en/1/3/1/index.html?itemId=/content/publication/a92adee4-en&_csp_=11e8b4af7aae0212bc3f99670160b6f2&itemIGO=oecd&itemContentType=book#section-d1e578

 この中で、プライマリ・ケアの「ゲートキープ」機能が医療費の削減につながったと言う文献が紹介されています。
 ゲートキープとは、「患者さんのニーズや選好を、医療サービスの賢明な使用と一致させるプロセス」として定義されています。つまり、自由に高次医療機関に受診できて集中してしまうことがないよう、プライマリ・ケアで対処できる場合はプライマリ・ケアで、より高次のケアが必要な場合は適切な医療機関の受診につなげていく、というプロセスのことです。もともは、不要なケアを受けることによって起こり得る悪影響を減らすために生まれた概念ですが、逆に、ゲートキープ機能を厳格にしすぎると、診断の遅れやそれによる有害な結果をもたらしてしまうとも言われています。どの地域・国でも有効なゲートキープ機能というのは存在しない、というのが難しいところです。
 このゲートキープ機能について、日本の有効性を青木先生らが発信されています。プライマリ・ケア機能の質評価の一つであるJPCATを用い、この点数が高い(=プライマリ・ケア機能として質が高い)ほど、適切な医療機関受診(ゲートキープ機能がはたらいた)と有意に関連していたという結果でした。参加率や外的妥当性に関する限界はありつつも、質の高いプライマリ・ケアの提供がゲートキープ機能につながっていることが示唆されています。
 より良いプライマリ・ケアが、適切な医療機関受診、そして費用対効果の高い受診行動につながるのですね。

T Aoki, Y Yamamoto, T Ikenoue, et al. Effect of Patient Experience on Bypassing a Primary Care Gatekeeper: a Multicenter Prospective Cohort Study in Japan. J Gen Intern Med. 2018 May;33(5):722-728.

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