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訪問診療研修のマイルストーン

 これまで病院での診療がメインだったのが、昨年からは訪問診療が主になってきています。訪問診療をする医師としていかに学んでいくべきか、ということに悩むようになり、訪問診療×教育という視点で文献を検索していたところ、訪問診療の研修でマイルストーンを提示している文献に出会いました。

Anna Goroncy, Hannah Goldstein, Keesha Goodnow, et al. Evaluating Resident Home Visit Performance: Introducing a Feedback Form Linked to ACGME Milestones. J Am Geriatr Soc. 2020 Feb 3.

 アメリカのオハイオ州にあるシンシナティ大学の家庭医療・地域医療学講座と、その関連病院だと思いますがキリスト病院のスタッフからの論文でした。

訪問診療研修のマイルストーン

 ここの家庭医療専門研修では、継続的な訪問診療を研修に組み込んでおり、研修年次ごとにレベルを上げていくようです。1年次では指導医と同行しての訪問診療、2・3年次ではより積極的に患者ケアにコミットし、きちんと振り返りの時間も個別に設けるというカリキュラムです。この論文では、研修医の評価項目をマイルストーンとして明示しています。このマイルストーンを用いた指導医の直接観察(direct observation form:DOF)も評価の一つとしています。

 このマイルストーン作成には、既存の文献検索をしても情報が不十分だったようで、「訪問診療」「レジデンシー」「老年医学」「カリキュラム」などといったキーワードで必要な研修目標となる項目を検索しています。ここから、主要な目標として、薬物管理の改善、安全性の強化、多職種連携、健康の社会的決定要因などがまとめられました。これらを複数の専門家(医学教育学、家庭医療学、老年医学など)でレビューし、決定していったようです。

 以下にマイルストーンを示します(筆者の意訳があることをご容赦ください)。

薬剤調整:効果が薄い、重複している、負担が大きいといった薬剤について調整と推奨を行える

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 まずは薬剤の調整、つまりPolypharmacyについてです。まず1段目の「アドヒアランス」では、実際にきちんと服薬できているか、ということに注目しています。外来診療ではなかなか残薬がどのくらいあるかとか、どのように服用しているのかといったアドヒアランスの評価は難しいです。訪問診療では、患者さんの住む生活の場に出向いているので、そこをしっかり確認することが可能です。ポイントとしては、直接服用している薬剤を確認する(ピルケースや配薬カレンダー、PTP包装なのか一包化されているのか、誰がどう内服管理しているかなど)、内服に関する懸念を聞き出す、ということが重要です。2段目の「薬剤の推奨」では、有害事象を起こしうる薬剤(potentially inappropriate medications:PIMs)についての理解や実際の調整を示しています。『Beers Criteria』や『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が参考になります。レベル1-2では、内科的知識が基本になるかと思いますが、レベル4では「teach back」など具体的な技法も示して患者さんや家族・介護者に内服薬を理解してもらうことを重視したり、START(Screening Tool of Alert to Right Treatmentなどのような推奨される薬剤も理解したりすることも求められています。

安全管理:より安全に生活ができるようプランを立てる

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 いわゆる在宅医療における医療安全についてです。たわんだマット、邪魔なコード類、動線を意識した居住空間の評価といった環境調整だけでなく、地域のリソースの活用や相談窓口について言及されています。レベル1にある「枠組み」自体、検索した限り日本できちんとまとまったものはないようでした(別で後日まとめたいと思います)。レベル5になると、地域の健康を守るため、政策や教育にも携わることが示されていますね。なかなかこのレベルは厳しいものがありますが、プライマリ・ケア医としては重要な視点だなと思います。個々の患者さんの困りごとを解決していく中で、その上流にある根源的な原因にたどり着き、それを変革していく、というSDoH的な視点が重要なのだろうと思います。

健康の社会的決定要因:ケアプランのために患者・介護者・多職種・地域の行政機関などと協議し、患者に影響する健康の社会的決定要因を見出し、個々のメンバーのスキルを最大化する

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 SDoH:Social Determinant of Healthが訪問診療で学ぶべき項目として挙げられています。「評価」として、多職種を意識してSDoHを認識していくことが重視されていますね。民生委員の方や地域包括支援センターから医療として介入を依頼され、在宅医療が開始となる事例があります。例えば、認知症で自宅に引きこもってしまい外部と接触したがらないが家族には強い態度で出てくるので家族が困って相談してくるなど。そういった方の場合、往々にして医学的問題はもちろん、心理社会的な問題も山積みで、Multimorbidityの状態になっています(南砺市民病院の大浦先生が医学界新聞で連載を開始しており、Multimorbidityについてとても分かりやすく説明くださっています)。

 なぜそのようなことに至ってしまったのかを捉えていくと、社会的決定要因が見えてくると思います。そのようなMultimorbidityの方に対しては、多職種で関わることが重要ですが、当然お互いの職種をリスペクトし、情報共有を適切に行い共通の理解基盤を築くためのコミュニケーションが非常に重要です。それぞれの職種だからこそ得られる情報がありますし、得意とするケアの方法を持っているものです。さらに「地域」というキーワードも大事で、それぞれの地域の文化というコンテクストを理解して、SDoHを理解し実践していくかが重要であることが示されています。

文化的感受性:ケアのゴール、健康リテラシー、遠隔診療や電子技術のようなコミュニケーションツールへの馴染みなどを踏まえて、患者や介護者とともに文化的背景を意識した意思決定を行う

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 最後の項目は、SDoHのところでも言及したコンテクストへの理解をより強調してあり、表題の通り、ケアプランを立てる際に注意すべき点が網羅されています。患者の信念、価値観、文化的風習といった、ケアの方針決定に影響する要因をまず理解することから始まり、さらに健康リテラシーを評価しながら患者さんの選好を拾い上げてラポール形成することが「評価」には求められています。健康リテラシーとプライマリ・ケアの質には相関が示されており、リテラシーが低いとコミュニケーションや健康教育の内容理解に難渋すると言われています。つまり、相対する患者・介護者それぞれのリテラシーに応じた説明やケアプランの提案が必要です。そのようなお互い共通の理解基盤を見出すためには、患者中心の医療の方法でも示されている通り、患者の健康に対する考え方や、地域ごとの文化的風習(コンテクスト)まで含めて理解する姿勢が重要です。

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マイルストーンを活かして

 在宅医療で必要な知識・スキルは、生物医学的なものにとどまらないことは言うまでもありませんが、今回マイルストーンとして示されたのは、在宅医療の場で特に求められる内容だと感じました。自分自身も今回このマイルストーンを知り、必要な基本的知識を改めて確認し、実際の診療現場でここで示されたことを意識して診療に取り組むことができるようになりました。また、医学生や若手の先生にとっては、このマイルストーンのまずレベル1や2のことを意識して、訪問診療の実習や研修に臨んでもらえると有用ではないでしょうか。

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