見出し画像

幼児特別支援:指示とプロンプトの兼ね合い。

こんにちは。

アメリカで幼児特別支援教育に携わっています。

以前お話ししたのですが、支援児に対しての指示がちゃんと伝わる環境って大切だと思います。指示がスムーズに伝わるだけで、余計な騒音(指示の繰り返し)や、それが原因とも言える子供の苛立ちや混乱なんかも回避できるからです。

今私が困っているのが、新しく入ったエイドの過度なプロンプトです。プロンプトとは、先生の出した指示に子供たちが反応できるように出す補助のことです。教室では担任の先生がどう感じていらっしゃるか分かりませんが、私が担当しているソーシャルスキルのクラスに子供たちを連れて来てくれると、もう私の指示を遮る勢いでプロンプトを入れて来ます。私は指示が一度で伝わらないと、歌にしてみたりするのですが、それをもかき消される大きなよく通る声でプロンプトを出されると、一生懸命なのはありがたいですが、あまり効果的ではないと思ってしまいます。が、私のエイドではないので、なかなか注意しづらい状況なのです。

基本、教員が指示を出す→数秒待つ→臨機応変にプロンプトを出す。という形が望ましいのですが、プロンプトにしても、複数の人間が同時にプロンプトを出すのも困りものです。あと、あまり大声でプロンプトを出されると、他の子たちに指示が通らなくなるので、もう少しソフトに出していただけるとありがたいです。しかも、こちらはデータとしてどのタイプのプロンプトが何回必要だったか数えていますので。。。一般的なプロンプトのタイプとしては、

  • ジェスチャー(指差し、目線など)

  • 視覚(絵カードなどを用いる)

  • 声かけ(同じことを繰り返し言うのではなく、言い方を変えてみたりもします)

  • 身体的(肩を叩いて注意を引いたり、実際に手を持って補助する)

私がデータを取る時には、上から順番にプロンプトの強度が増すということを念頭に、しっかりどういうプロンプトであったか記録に残しています。もちろん、状況によっては声かけとジェスチャー、もしくは声かけと絵カードが同時になる場合もあります。それが、間髪入れずに声かけて手を引いたり身体的プロンプトを入れてこられると、子供たちはされるがままと言っては語弊がありますが、子供たちだけでどれだけできるか?というのが見えてこないのです。

しかし、そのエイドはまだ若くてやる気もある人で、しかもエイドの仕事に慣れて来た頃でもあり、そうやって過度のプロンプトを出してしまうのですが、注意の仕方によってはそのエイドのやる気の芽を摘んでしまうかもしれないと思って、今は様子を見ています。毎日同じ教室で同じチームとして働いてる担任の先生と違って、私は週に1回30分だけとかのお付き合いなので、なかなか言い出しにくい問題です。そんな折、うちの学区にいるインストラクショナル・コーチという人たちが、来年度のエイドへのトレーニングのトピックについて教員にアンケートを取っていたので、迷わず『プロンプトの出し方』と書いて提出しました。誰がどうしてるとかこうしてるという形ではなく、全体に向けて『こういう風にして下さい』とか『これはやめて下さい、代わりにこうして下さい』という指導であれば、誰も嫌な気にはならないと思うので、丁度良かったです。ベテランのエイドであっても、ちょっと手のかかる子供に対しては、スケジュール通りに物事を進めることを優先して、声かけと同時に身体的プロンプトの連続で、ほぼ操り人形のように子供たちを動かしている状態なんてこともあるので、あまりにひどい場合は、『ちょっと見てていいですか?』と声をかけたりもしています。こういう事態は、誰にでも起こりうるので、教員であっても日々自分の行動にも注意していないと駄目ですね!

一方、過度なプロンプトはよくないと思ってか、それともどうしていいのか分からなかったのか、コロナで休校中に教員免許を取ったという、教室での経験が浅い先生が、外に出るのに靴を履かない子を放置していたことがありまして。それが毎日のことだったので、よくないことはよくないと注意はしないといけないと思いました。『靴を履かないのなら、足を怪我するかもしれないから、外では遊べない』ということを伝えたのですが、先生は『だったら中にいてもらいましょう』という判断をされ、その子に一人がつきっきりで教室に残るという形を取ってたのですが、その子は教室で好きなように遊ばせてもらえたので、十分満足していたのです。靴を履かない→教室に残れる→一人で誰にも邪魔されずに好きなことできるという悪循環。その子の靴についてもちょっと口出しさせて頂きました。少し小さいかもしれないということと、キャンバス生地の靴だったので、伸縮性がない上、場合によっては肌触りも良くないかもしれない(靴擦れとまではいかなくても)と思ったので、保護者の方に違う靴を考えてもらえないかと提案したのですが、私が担当していたわけではないので、全てその新人の先生次第でした。本人が喜びそうな靴を本人が選ぶというのも、靴を履きたくなる動機になることもありますね。それが効果あるかどうかは別として、英語で『Trial and error』という言葉があるように、色々試してみるのが本来の支援の姿であって、大人にとって都合がよく楽な方に流れていくのは問題ありだと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?