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シェイプ・オブ・ウォーター(化学的な意味で)#03

今回はついに分子を考えていきます。とはいえもう道具は揃ったのですからサクサク進んでいきたいものです。とりあえず水素原子を2つ用意して並べて眺めてみましょう。

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このままでは水素原子はくっついてくれません。水素原子はトータルで電荷を持たず、互いに遠くにいるときは原子間で電気的な引力が働かないからです。しかし、電子の雲が干渉するくらいに近づけてみるとどうでしょう。もはや互いの電子雲は無関係でいられず、二粒子波動関数は互いの原子核を安定化させるように形状が変化していきます。

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原子核の間に負電荷を持つ電子雲が出来て、ノリのように原子核を繋ぎ止めるイメージができました。この時安定化して余ったエネルギーは水素分子の結合エネルギーとして定義されます。実験値は104 kcal/mol程度で、かなり大きな値です。(これをバラバラにしようとしたら50000℃(!)ほどに加熱してやらないといけません。そんな熱浴を用意するのは大変なので、パルスレーザーなどで局所的に高エネルギーを与えて実験するようです。)

量子論はどこまでこの描像に迫れるでしょうか?ヘリウム原子は水素原子とよく似ていたので上手く行きましたが、ただ運が良かったのです。今回は前回と異なり、水素分子の二粒子波動関数がどんな形をしているのか見当もつきません。

ここでへこたれないのが理論化学者です。異なる水素原子の軌道エネルギーは同等(縮退している)なので、それを適当な係数で足したり引いたりしたものも(無数に考え得る)波動関数(の一つ)です。(※)今あるものを足したり引いたりすれば、真の解へ限りなく近づいていけるかもしれません。

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なるほど、2つの波動関数を足し合わせたものはお誂え向きに目標の二電子の波動関数にニアミスしていそうです。(上図右上)せっかくなのでこれにσ軌道と名前を付けておきましょう。同様に差を取った軌道は、原子核の間で正負が逆転して節が出来ました。これも使えるかもしれないのでσ*と名前を付けて取っておきます。(ここまで負の波動関数は出てきませんでしたが、恐れることはありません。確率密度は絶対値の2乗なので、負の確率が現れたりはしないのです。)

そういえば同じ空間を占める軌道は2種類出てくるのでした。区別しないといけないので、↑と↓で表すことにします。つまり同じ空間を占める電子雲に2つまで電子が入ることができます。百聞は一見に如かず、考え得るパターンを書き出してみましょう。

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勘の良い方なら↑↑や↓↓にはならないのかと思ったかもしれません。それは大変重要な直感なのですが、それを語るにはまだ道具も余白も足りないので別の機会に書くことにします。(ASAPはいつまでも放置されるのですが…)

あとは自己無撞着法によって混合係数を決めれば水素分子の波動関数の近似解が得られます。試しに原子核の間の距離を水素分子の平衡長に置いて計算すると、σ軌道が98.8%、σ*軌道が1.2%で混ざった軌道が出てきます。

今度は水素分子を引き剥がしていきましょう。すると、σとσ*の割合が1:1に近づいていきます。50%ずつ混ぜるとどちらかの原子軌道に↑↓で詰まった配置、すなわちイオン性の配置が打ち消し合って消えていくのがわかると思います。そして、最安定エネルギーと解離極限のエネルギー差が水素分子の結合エネルギーをかなりの精度で再現することがわかります。やりました!

いかがでしたか?なかなか遠回りをしましたが、ついに分子の量子化学計算が可能になりました。次回はやっと水を攻略していけそうです!

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※水素原子の解は時間非依存のシュレディンガー方程式の解なので

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ただし、є_Hは水素原子のエネルギー。適当な係数で線形結合を取って

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なのでこれもシュレディンガー方程式の解となっている。

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