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シェイプ・オブ・ウォーター(化学的な意味で)#04

さて、水分子(H2O)と水素分子(H2)は何が違うでしょうか?酸素原子が増えた?はい、御名答です。……まずはこれを量子論的に捉え直してみます。

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水素の原子核は+1の電荷を持っているのでした。これを2つ用意して、区別するためにHa、Hbと名前を付けておきます。続いて酸素原子です。周期表を思い出せば、酸素Oの原子核の電荷は+8だと分かりますね。これを一つ、合計で+10の電荷が世界に設置されました。さて、それぞれの原子は原子核と釣り合うだけの電子も持っていますので、まとめて雲になってもらいます。これを水分子の電子軌道と呼ぶことにします。我々は水分子の原子核の位置座標に対してこの電子軌道がどう振る舞うかを調べなくてはなりません。

ここで水素分子で用いた手続きを振り返りましょう。まずは複数の電子が絡み合った雲をいくつかの雲に切り分けるのでした。これを空間軌道と呼ぶことにします。同じ空間軌道にはスピンの異なる電子が2つまでしか入ることのできないルールも思い出してください。

水素分子では多電子の雲を表現するために、空間軌道のいろいろな詰め方を適当な係数で混ぜ合わせて表現したのでした。なぜそんなことをしたのでしょう?これを定性的に理解するにはベクトル空間を考えると良いと言われています。

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N個の粒子がその空間軌道の組み合わせで表現できる空間を配置空間と言います。つまりそれぞれの電子配置が空間の軸になっているのです。これを適当な係数で足し合わせるというのは、真の多電子軌道に最も近い方向を見つけるという操作に相当します。(真の軌道がこの空間上に存在するとは限りません。ですが変分原理によって最も良い軌道を見積もることはできます。)

これを一般化して考えます。実は水素分子の考察で行った操作は二電子の配置空間を張って、その中でもっとも真の姿に近いベクトルを定めるという操作だったのです。そして適切な空間軌道σとσ*を選ぶことで、二次元の座標上で多体波動関数を表現できたというわけです。この空間軌道を基底と呼ぶことにします。

余談ですが、この足し算を一番安定な軌道のみで打ち切ったものがハートリーフォック法と呼ばれるものになります。表現力や精度はかなり低いですが、未だに化学計算の初期値決定などによく使われる便利な手法です。このハートリーフォック法における誤差が先述の電子相関という用語で定義されます。つまり水素原子における軌道の足し算は電子相関を後から補正していく手法なのです。

では水も同様に配置空間を作ってみましょう。基底となる空間軌道の作り方も色々あるのですが、最も簡単な最小基底というものを使いましょう。これは水素原子は最も安定な球対称な軌道を、酸素原子はそれに加えて4つの座標を使います。これはヘリウムの考察で見たように、孤立した原子の計算によって得られた結果です。

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さて、電子が入ることのできる空間はいくつでしょうか?水素原子の軌道が1つ、酸素原子の軌道が5つですから、1×2+5=7個の空間軌道が存在することになりますね。それぞれの軌道に2個ずつ電子が入ることのできるので、用意された席は14です。ここに10個の電子が入っていく組み合わせを列挙すれば良いわけです。何次元くらいできるでしょうか?

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1001次元です。組合せ爆発って知ってる?

次回はこの障壁を乗り越え、ついに水の分子軌道の形へと迫ります。(やっとタイトル回収できそうです…)

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