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日本百名山㏌よっちゃん47座目雲取山

No611雲取山 平成7年9月30日~10月1日 単独

新潮文庫 日本百名山 深田久弥著書  雲取山冒頭で『紀州の南部に、大雲取、小雲取という山がある。那智山に詣る熊野街道中辺路に当るだけに、昔から有名で、和歌や俳句にうたわれている。しかしここに取りあげたのは、それではなしに、関東の雲取山である。ここにも大雲取、小雲取がある。『武蔵通志』によれば、「大雲取山、西多摩郡氷川村、日原村ノ西北ニアリ、秩父郡大滝村ヲ界ス」とあり、その南に続く小峰が小雲取山と呼ばれている。登山者によって奥秩父と称せられている。小川山から東に向かって雲取山まで続く連嶺は、その延長と高度から言って、わが国で日本アルプスと八ケ岳連峰を除けば、他に例を見ない大山脈である。殊にその中の甲信国境をなす金峰山から甲武信岳までは二千五百米の高度を保ち、甲武信以東も二千米を失わず、破風山、大洞山などの甲武国境を走って、その最後の雄を誇っているのが雲取山である。・・・』と記しています。

9月30日(晴れ)立川⇒奥多摩湖・鴨沢8:30→12:00雲取山12:30→14:30三条の湯山荘(山荘泊)
10月1日(晴れ)出発6:30→林道6:50→林道途中車に乗せて頂く7:20⇒9:00青梅駅

概念図

28日から東京でした。29日昼前には仕事を終えフリーとなりました。
今日中に立川の宿に入ればいい。ヤクルト・巨人戦の看板を見て、今日ヤクルトが勝てば優勝だと早速神宮に足を運びます。結局敗けて感動の優勝シーンは観られませんでしたが、公式戦カードの熱気を肌で感じて球場を後にしました。

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30日立川から列車とバスを乗り継いで雲取山登山口の一つ鴨沢へ。奥多摩からは10名程の登山者がバスに乗りますが、途中で少しづつ下車し鴨沢へ向かったのは4名でした。釣り客が多いようでした。
集落の中から急登が始まりました。ひと登りで大きな林道を横切って山道に再び入ります。暫くは大した自然を感じることも少なかったのですが、稜線手前からブナ原生林となりブナの香りが身体を清めるような雰囲気です。稜線に出ると左手(南西)に富士山を終始眺めながらのハイキングコースとなりました。

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雲取山は東京・埼玉・山梨3県境の山です。近年登った大菩薩嶺も手に取るように見えます。その北側にも百名山が見えているのですが、一つ一つを確認できません。一度登れば忘れないだろうと百名山踏破に意欲が出て来ます。山頂には紅葉した樹々が見られますが、まだまだこれからのようです。

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北側の急な坂を下って三条の湯を目指します。急坂が終わりコルから西斜面の山腹を巻くように下って行きます。三条の湯は原生林に囲まれた山奥の温泉宿です。ここに泊まるためにコースを設定しました。まだ陽は高くのんびりしよう。温泉で汗を流し身体を横たえました。

夕食時はかなりの登山者となりました。この山荘を目的に登って来る人も多そうです。ここが好きで手伝いに来ている山ヤもいました。驚いたのは80歳の爺さんが一人で登って来られました。前に座った爺さんの話を聞きながら驚くばかりです。ウィスキーをビールで割って飲むのにも驚きました。いつも決まったコースを人の何倍もかけマイペースで登るそうです。いつもいつも同じコース、違うコースは冒険になると言っています。目標にしていた90歳の婆さんが昨年遭難死したのを寂しそうに話しておられました。婆さんは違うコースを歩いたための事故だと言います。明日は山頂山荘まで登り、翌日下山とのこと。名物爺さんにエールを送りたい。

翌日、下山。山荘から林道までの山道もブナ原生林で紅葉が始まれば最高だなと思いながら下ります。しかし台風の影響か無残にも何本ものブナの大木がなぎ倒されていました。長い長い林道でしたが三条の湯の手伝いに来ていた山ヤさんの車に拾われました。一人は山学同志会員と言っていました。青梅まで同乗でき感謝、感謝で山行を終えました。

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次回は再び東北の山旅を投稿予定です。また覗いて下さい。励みになります。

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