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『3月のライオン』の桐山零を巡る幻の三角関係

 皆さんは羽海野チカ先生の『3月のライオン』を御存じだろうか。幼いころに居場所を失った将棋棋士「桐山零」の孤独と再生の物語である。筆者は、羽海野チカ先生の『ハチミツとクローバー』が好きであり、将棋自体も好きだ。だから羽海野チカ先生×将棋である『3月のライオン』は大好きということとなる。

 将棋マンガというのはなかなか敷居が高いジャンルである。基本的に将棋は正座して黙々と指すだけなので派手さがない。何より将棋マンガの中では将棋の盤面が出てくるが、これを見ても一体どっちが有利なのか分からない。そのため面白くするには作者の創意工夫が必要であり、作品ごとにその持ち味が大きく変わってくる。

 例えば、能條純一先生の『月下の棋士』は将棋マンガの大傑作だが、出てくる将棋棋士たちはみな個性的である、というよりも自称「チェス式将棋」の使い手占い絶対主義の将棋棋士などは奇人・変人レベルである。こういう極めて癖の強い人物たちが、目をかっぴらいて将棋を指し、対局中に興奮で「(性的)絶頂」に達したり、終いには対局中に死亡したりするのである。いわばエクストリーム将棋というのだろうか、テレビ中継も難しそうで、読んでるこちらもいろいろな意味で目を離すことができない。

 このような将棋地獄変の『月下の棋士』と比べると、『3月のライオン』は ハートウォーミングなマンガであり、公式HPでは「様々な人間が、何かを取り戻していく優しい物語」と紹介されている。

 『3月のライオン』の主人公「桐山零」は不幸続きである。幼くして家族を失い、ある将棋棋士の家庭に引き取られるのだが、そこでも零の存在自体が家族(特に子供達)を不幸にさせるとして、彼は逃げるように1人暮らしを始めるのだ。そんな中、桐山零は「川本あかり」「川本ひなた」「川本モモ」という川本家の三姉妹と知り合い、交流をすることで、徐々に心の再生をしていく。  

(注意)ここからは桐山零と彼を巡る女性のカップリングの話が中心になっていきます。また、ネタバレも出てきます。 なので、カップリング的なものが苦手な方、あるいは、ネタバレを避けたい方はここで『戻る』を選択することを推奨いたします……

 この点、徐々に心の再生をしていくと述べたが、最新では、もはや桐山零が次女の川本ひなたにプロポーズ的告白をする段階に至っている。ひなたは天心爛漫な性格でありながら芯が強い良い子であり、零×ひなたのカップリングに筆者は何ら不満がない。まさに王道である。

 しかし、筆者の『3月のライオン』でのイチ推しはもう1人の魔王である「幸田香子」なのである。この香子、川本三姉妹と比べるとすこぶる性格が悪く、情緒も不安定で良いところがあまり無い。

 幸田香子はかつて桐山零が住んでいた将棋棋士の家庭の子であり、零の義理の姉になる。同じく将棋をしていたが、父親である将棋棋士から零と比べて才能がないと言われ泣く泣く将棋をやめたのだ。これを恨んでか何かと零につらく当たり、成人してもいまだに「まためちゃくちゃにするの? ひとの家に上がり込んで? いやらしい」などと言ってしまうのである(4巻)。

 こんな調子では桐山零も幸田香子を毛嫌いしてるはずと普通は思うだろう。確かに、苦手意識がありそうなのだが、それにしても、当初、作品内では零と香子は微妙な距離感となっていた。

 例えば先ほどのセリフは、川本三姉妹と会ったときの幸田香子のセリフである。川本家に居場所を見つけつつある零にこのセリフはちょっとキツイだろうと思うのだが、その後、香子は零の家に上がり込み、あまつさえ宿泊までしようとして、零もこれを許してしまうのである。そして、後日、零と香子が姉と弟であると聞いた川本あかりは、2人に「姉弟の匂いなんてしなかった……」と密かに思うのだが、あまりに意味深すぎる発言である。

 筆者はこの流れを読んで、ひょっとしたら桐山零×幸田香子がこの作品の公式ではないかと考えてしまい、ひいては香子の毒舌も好きな子に意地悪をする的なものではないかと思うようになってしまった。もちろん香子の交際相手の「後藤正宗」についても、所詮は年の離れた妻帯者なので、近いうちに破局すると確信していた

 しかし、どうだろうか、巻を重ねるにつれて幸田香子の出番は少なくなるのである。一方、川本家は重みを増していき、川本ひなたのいじめエピソードでひなたの発言が零の心を救い、零もまたひなたの心を救って2人の絆が固まっていく。零もどんどん成長していき、三姉妹を守るために川本家のサイコパスな父親と対決するほか、ついには川本あかりの夫候補まで探そうとしたりする。その結果が零のひなたへの告白である。周囲にも零×ひなたと認識されており、零×ひなたのカップリングは既に王手と言ってよい

 他方、筆者の推しの幸田香子は、13巻になってようやく後藤正宗と別れそうな雰囲気である。もっとも、いつのまにか香子の方もすっかり様変わりしており、かつて桐山零を傷つけたことを悲しみ、もう側にはいられないからと、ただその幸せを願って涙するのである。とてもじゃないが、こちらも零に乗り換えるような雰囲気ではなく、零×香子のカップリングは既に必至の局面に入っていると言わざるを得ない。

 ああ、やはり本作品には桐山零を巡る三角関係など存在しなかったのであり、幸田香子はただ自分の居場所を求め、苦しみ続けていたのだろう。その放っておけなさが香子の魅力でもあり、『3月のライオン』で筆者が香子推しとなった理由でもある。

 このまま後藤正宗と別れて香子が1人になるのは余りにかわいそうであり、何とかして自分自信の居場所を見つけてほしい。筆者も桐山零を巡る三角関係なんて考えていないで、ありったけの想いを込め、ただ香子の幸せを願い、祈りをささげていきたい。

 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

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