性濁 手記4



生きるために書きたいと思った。

しかし正しく生きられない。生きるために書くのか、死ぬために書くのか、わからない。

書いたところで生きられない。だけど一縷の望みに賭けている。

私が、母になるために書く必要があったとしても、きっとそれもエゴでしかない。母の演技をすればいいだけなのに、母の演技を見破っていた私は、本物にならないとその場にいられない。結局傷だらけで立ったままなのだ。私はいま、身動きが取れないでいる。

母親になりたい、なりたいけどなれない、できれば子どもには私を、詩織さんと呼んでほしい。詩織さんにしか、私はなれない気がする。甘えてない、必死だ。必死で母性と呼ばれるものが湧いてくるようにもがいてはいるものの、そんな泉は私にはないか、もしくは空っぽだ。子どもは愛しい。愛しいから、愛しいけど、私は詩織さんでしかない。


兄は、毎年何らかの手術をしていた。
わたしは、お母さんと触れ合うことあんまりなかった。お母さんは、私のこと、愛しそうに見つめるだけだった。兄に触られ始めた頃は、ちょうどお母さんは私にとってちょっとだけうざったかったし、タイミング良く家を出て行ってしまったし。生理のことも、体調不良も、恋への対処法も、なあんにも相談しないまんま。

「トイレの神様って歌聞くと、詩織ちゃんのこと思い浮かべて涙が出てきてしまうわ」。おじちゃんもおばちゃんも、私のこと心配する、心から。スケープゴートになった私のこと、みんな心配して助けてくれる。お母さんだけは私のこと助けてくれなくても、お兄ちゃんだけは私のこと虐めても。


ただただ、起きることに身を任せるだけだった。流されるままに流されていれば行き着くところに行き着くのだろう。性とはそういう自然なものなのだと思う。ひとにとって。

天国も地獄も、いきつくところは、同じところなのだから。

===

私には、いつ捨てられてもいいんだという罪悪感が根底にある。

夫はよく、私の調教に耐えてくれたと思う。私の確固たる力動の流れは崩しようがなく、どこまでいっても私は何にも出来ない女王様だ。
いや、何も出来なくはないのだ。むしろ大抵のことは、やれば出来た。そういう人間は、器用貧乏になってゆく。そういう役に立たない女を嫌う人間は多い。いや、役に立とうとしていない人間、というべきか。
私は役に立ちたいとずっと思ってきた。だけど、資本主義の中で私はなぜかいつも弱者になる。弱者になるのが耐えられないので男の屋根に逃げ込んで雨宿りする。怯えて見上げていれば、大抵の優しい男は庇護してくれる。そして庇護する気持ちがどうも、男を「強くする」助けになるようだった。それは庇護されている私が、これでもかと自分に向けてくる信頼と尊敬の眼差しだ。

何人の男を巻き込めばいいのか。
いやな漢のために、いとしい男を。

===

みんなこんなヒリヒリした世界に生きていたなんて。よく生きていたね。膜から出て、びっくりした。唖然とした。

あなたはフリージャーナリストになりたい、と言った。何を寝ぼけたことを言っているんだろうと思った。何青臭いこと言ってんだろう、この人と。
だけど今考えれば、それは全然青臭くなんかないことが理解る。ジャーナリズム。いかにリンクを踏ませるか、だ。いかに国民を正しい方向へ導くか、だ。

組織人であること。組織人でないこと。
こんなにも違う人生だったのだ。私達は組織人ではなかった。夫はフリーなメゾンだったから。私など、組織人でありえるはずがない。
マスコミの下にいるか、
マスコミの上にいるか。
マスコミの上にいることを、許されるか許されないか。

ほら、ペンは剣より強いんだろ。

===

苦難

男よ、
それはあなたの苦しみだ
私には救うことはできない
私は傍にいることしかできない

友よ、
それはあなたの苦しみだ
私には解くことはできない
私は傍にいることしかできない

親よ、
それはあなたの演技だ
私にはツッコめない
私は見透かすことしかできない

子よ、
それはあなたの苦しみだ
私には乗り越えられない
私は傍にいることしかできない



暗順応 

ひとは、慣れるものだから
時間が解決することもある

自分だけでなく
周囲の人達も変わるから
周りの景色は変わるから


サイコドクター

虚言なんかじゃない
あなたが知らないだけだ
あなたの想像が及ばないだけだ
自分より賢い人の
考えを見抜けないだけだ
そうだろう

金儲けの全ては透けて見えるだろう
広告の全ては透けて見えるだろう
テレビの全ては透けて見えるだろう
人間の全ては透けて見えるのだろう?
あなたは
人類が経験したことのない
ことを知らないだけだ
その覚悟ができていないだけだ

あなたが知ってるか知らないか
そこに照準を合わせて
喋っているだけだ

知らない方がいいことばかり
経験しているものだから

みんなに幸せでいてほしくて
隠すしかなかった
ボカすしかなかった

その癖を虚言癖と言うのなら
あなたは私の幸せを願えるのか

全て知っているなら
全て知っていると言ってくれ

観念はずっと前から奔逸して
疲れ切っている
観念を止めるのではなく
道を作ってくれ
倫を
出口を

幸せは
多くする方がいい


辺境

汚れたくない
もう
無理して笑いたくない
昔みたいに

逃げ込みたくない
音楽の中に
もう痺れたくない

迷い込みたくない
物語の中にも
ただ
切り拓きたい
拓くんだろ


不可侵条約

敵国の兵士が来て
略奪されたとしても
命さえ奪われなければ
恋に落ちても構わないわ

言葉が通じなくても
陵辱されない
I believe me
and,
I believe you
so,
you believe you


何にも知らないお嬢様

共同体のストーリーを
知らない君が
真っ白なキャンバスに
どんなストーリーを描くのか
楽しみで

知らなくてもいいと
むしろ強い意志で祈っている
まっさらなままでもいいと


===


一度全部壊してしまえ。破壊と創造はきっと同時だ。男と女はいったんすべて崩れたらいい。社会学を勉強している学生は、たいていみんな「男と女なんて、なんであるんだろう(なければいいのに)」という壁に突き当たる。
私たちは、
人間である前に動物で、
動物である前に生物で、
生物である前に有機体である。
私たちは、いつだってひとつの有機体である。

私は、それでも人間が好きだ。

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