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マレフィセントの涙

マレフィセントは少女時代に、若き日の王から、翼をもがれる被害に遭いました。痛みに苦しみ、翼がなくなったことを悲しみ、怒った天使は、強い魔女になりました。
「絶対に、許さない!」
あとのお話は、皆さんの知る通り。自分の翼をもいだ王の娘に、呪いをかけてしまいます。
「16歳の誕生日の日没前に、糸車の針に指を刺して深い眠りにつく」、と。

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しかし、隣国の天使・エルの場合は、翼をもがれたのではなく、翼を黒く塗りつぶされただけでした。だから、痛みがなく、自分がこの先魔女になる運命など、知るよしもありませんでした。黒い翼でも、飛ぶことはできたからです。

それでもエルは、自分の翼が黒いことを、時折ひどく気にしました。それは特に、本当に飛んでいきたい場所が出来たときに、ひどく気になりました。そして、そこに飛んでいく勇気は、ついぞ出ませんでした。
でも、違うところへなら、飛んでいくことができたのです。むしろ、いとも簡単に、軽々と。羽は、黒く全体を塗りつぶされることで、白い羽よりも、軽くなる仕組みになっているのです。それはもうフワフワと飛んでいきます。

エルは、自分のことをずっと、心優しい天使だと思っていたので、王と、話し合いも試みました。謝ってくれた王を、許してもみました。でも、何度謝ってもらっても、羽は黒いままでした。黒が、白に戻ることはないのです。
だから天使エルは、ずっと晴れない気持ちを持ちつづけていました。だからといって、羽は背中についているので、そんなにまじまじと見る機会もありませんでした。

王に待望の姫が産まれると、エルは困惑しました。無垢なる姫の誕生を、天使である自分が、なぜか喜べないからです。

エルは、姫が産まれたことを、風の噂で聞きました。
王は、自分の口から、娘の誕生を、エルに知らせることができませんでした。王は、臆病だったのです。
彼は、エルの羽を黒くした罪を、ずっと悔いて生きてきました。そして、やっと手に入れた大事なパートナーの妃には、その罪を隠していました。その罪を告げることは、妃を傷つける、と思っていたからです。それに、天使エルは、許すと言ってくれたではないですか。王は、この罪をずっと、黙って背負っていく覚悟でいたのでした。そうすればみんなが幸せだと信じていたのでした。

エルだって、姫の誕生を、本当は祝いたいのです。だって、罪なき無垢な命です。これほど清く美しいものはありません。そして、国中の、いえ地球上のみなが、そう思っているのです。
お祝いができないエルは、異端者になってしまったのでした。

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実はエルは昔から、空を飛ぶ時にいつも、王の幻覚に悩まされていました。でも、そんなことを知ったら、王は罪の意識で、自殺してしまうのではないかと、心優しいエルは思い、黙っていました。それに、そんな気味の悪いこと、話したくもありません。
幻覚を見ることは、羽をもがれた天使や、羽を黒くされた天使に、よくある現象です。

姫の誕生によって混乱したエルは、羽が黒いことをこれまでにないほどに悩み、ぶんぶん振って振って、ついには自ら切り落としてしまったのでした。かくしてエルは、翼のない、正真正銘の魔女になったのでした。異端者になったのでした。

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このお話の、王もかわいそうです。

王の1番の使命は、自分の可愛い姫と、そして産んでくれた妻を、守ることです。そして、国も立派に治めなければなりません。国を守れなければ、妻と子ばかりか、自分さえも、もちろん民も、守れないのです。王には、たくさんの責任があるのです。
王は、よき王であり、優しい夫であり、優しい父に、なりたかったのです。王は、実はまっとうなのです。

でも、若き日の王は、愚かでした。天使の翼が、どれほどに大切なものなのかを、知らなかったのです。まさか、翼をもいだら魔女になるなんて仕組みは、知らなかったのです。この事実は、意外とこの世では、知られていないのです。

天使の羽はとても美しく魅惑的で、若き日の王はただそれに、抗うことができなかっただけなのです。羽の美しさを見ると、若い男は自分でも驚くほど、その欲望に取り憑かれます。
世界は、美しい羽をもつ女と、その羽を美しいと思う男の心があるからこそ、繁栄するのです。羽を美しいと思う心は、決して悪いものではありません。絶えさせてはならない、大切なものです。

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どんなに天使の羽が魅惑的であっても、絶対にもいではいけないし、少し黒く塗る悪戯さえも、絶対に許されない、とんでもない行為なのです。そんなことをすれば、自分が天使の幻覚に出てくる、お化けになるのです。

子は、親の業を背負って産まれてきます。業は、羽の件だけではありませんが。もし、自分の我が子に、無用な業を着せたくないのなら、自分の代で自分の業を葬り去ることです。

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魔女の厄災から国を守るためにはどうしたらよいでしょう?

魔女は、憑き物を落とし、大暴れしない程度の魔女にならないと、下界に降りてはならないと思います。大惨事を起こしてしまうからです。

大暴れしない魔女になれたら、下界に降りることができるかもしれません。翼のないまま、自分の脚で、茨の道を歩いて歩いて、魔女が本当に行きたかった所に辿りつけたら、いいですね。そうすればきっと赤ん坊を呪わなくてすむでしょう。
しかし、異端者である魔女に、それができるでしょうか。行きたかった場所でも、のけものにされそうな予感もします。
やっぱり魔女は、ずっと下界に降りない方が、世界の平和を守れるのかもしれません。
魔女はずっと、雲の上で泣いているのが、仕事なのかもしれません。


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