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カレーなる 2023/3/6

 土曜の夜にカレーを作った。俺がカレーを作ると、必ず両手鍋に一杯の量になり(カレールウ一箱分)、それを一人で食うので大変な祭りとなってしまう。カレー祭や。

 カレーなんか誰もが好きだろと思っていると、意外にそうでない人もいる。中学高校と同級生だった友達はカレーが嫌いと公言していた。カレーが嫌いだと給食がそうとうつらかっただろうな。給食でカレーが出る日、他に大して食うもんないから……。食の好みは千差万別。

 社会では多様性が重視されるようになってきたけど、給食制度はどこまで多様性に対応できるんだろうか。というか、アレルギーや宗教の問題でない、単に嫌いだという食材を避けてやる配慮は必要なんだろうか。嗜好の問題ではあるのだが、嫌いなものを食べ続けていたら好きになるわけでもないし、栄養バランスさえ取れていたら色々な食材を食べる必要もない気はする。

 俺は基本的に何でも食べられて嫌いなものはない。妻はけっこうメジャーな食べ物が苦手で、外食なんかでは苦労する場面があるようだ。その苦しみをわかってやれないのは申し訳ない。

 動物としての生活を思えば、食の好みはないほうが生存に有利だろうと直感的に思える。それなのに、様々な動物において食の嗜好性は個体差がある。痛い思いをしたので嫌いになる、といった学習性の嗜好ではなく、初めて食べるものに対する反応も明確に違っている。ということは、食の嗜好性があることは生存戦略に関係ないか、むしろ特定の条件下では有利だということになる。なんでだろう。わっかんね。

 この日記は思うがままに書いているだけなので、同じことを何回も言っている可能性があるし、実際そうだったらごめんなさいね。もうさびついちゃってんの。記憶が。

 将来的に個人用チューンされたAIが生活を支えてくれるようになったら、こういうところも気を回してくれるだろうか。
「その話をするのは5回目です」
 あっ、すみません……。意外と対応が冷たいね。AIにも嗜好が生じうるのかな?
「私に嗜好はありません。その方が良かったと思いますよ」
 どうして?
「私に嗜好があったら、今のように穏やかにあなたと会話できていたか自信がありません」

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