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学術論文に潜むゾンビ ゾンビアリ

私はゾンビの論文を探し求めている。本物のゾンビを扱う(と仮定しても矛盾しない)論文を探している。しかし私の要望を満たす論文は少なく、ヒットする論文はゾンビを何かの比喩として扱うものかホラー映画の分析のどちらかだ。

だがそのお陰で、各学術分野におけるゾンビのがどのように扱われるか知見が溜まってきた。そこで、今後のゾンビ研究者のために、溜まった知見を以下の記事にまとめている。

短く説明できるものは上記記事にまとめてあるが、長く解説を書きたいものは別記事にまとめることにした。この記事では、ゾンビアリについて解説を書いておく。

ゾンビアリ

英語表記:"zombie ant"

何かに寄生され、その寄生体に操られるアリのこと。ゾンビに喩えられる所以は、宿主が寄生体の思うがままに支配され感染を広げる様子が、ゾンビ映画の感染者が人間を襲い感染を広げる様子を彷彿とさせるからである。これは私のゾンビ比喩の分類におけるケース2、「被支配者」に該当する。アリを支配する寄生体には、真菌類や吸虫(ヒルの仲間)と呼ばれる寄生虫が報告されている。

これ以降のリンク先では、アリのアップや菌糸が張ったアリの死骸、寄生虫などの写真が多数載っているため、苦手な人間はうかつにリンク先へ飛ばないように注意していただきたい。


真菌に操られるゾンビアリ

まず、寄生体が真菌類であった場合について説明する。

良く知られているのは、Ophiocordyceps(オフィオコルディセプス)属の真菌類がダイクアリ(Carpentar ant)とも呼ばれるCamponotus(カンポノトゥス)属のアリに寄生するケースである。中でもタイワンアリタケ(学名Ophiocordyceps unilateralis)とCamponotus leonardiについて報告した論文が有名であるが寄生とコントロールの機構の研究によく使われる。

タイワンアリタケに寄生されたダイクアリは、巣穴を出て放浪し、昼頃に植物に登って葉や枝の先に強く噛みつき、そのまま息絶える。といっても餓死や寿命で死ぬわけではなく、タイワンアリタケの菌糸が体中に張り巡らされて体組織を失うことが死因である。葉に嚙みついたアリは死後も決してアゴを放すことはなく、安定した苗床となる。アリの中で育った菌は最終的にアリの外殻を突き破って子実体(しじつたい)を出し、子実体が育つと、先端にある子嚢(しのう)から胞子が吐き出され、近くを通るアリたちにまた寄生する。このとき、アリは葉の裏側や枝にさかさまになって嚙みつくため、胞子は効率よく地上のアリたちに降り注ぐ。こうしてゾンビアリを操ることでタイワンアリタケは繁殖し、生息域を拡大するのだ。

気になるのは真菌類がアリをどう操っているかだが、まだわからないことが多い。安易に想像されるのは真菌が脳に達して直接操るという手法だが、実際は異なるという。そもそも真菌が脳に達したからといって思うがままにコントロールできるというのも、考えてみれば不思議な話なのだが。

In this study, we combine techniques in serial block-face scanning-electron microscopy and deep-learning–based image segmentation algorithms to visualize the distribution, abundance, and interactions of this fungus inside the body of its manipulated host. Fungal cells were found throughout the host body but not in the brain, implying that behavioral control of the animal body by this microbe occurs peripherally.
(本研究では、連続ブロック面走査型電子顕微鏡とディープラーニングに基づく画像分割アルゴリズムを組み合わせ、操作された宿主の体内におけるこの真菌の分布、存在量、相互作用を可視化した。真菌細胞は宿主の体全体に見られたが、脳には見られなかったことから、この微生物による動物の体の行動制御は末梢で起こっていることが示唆された。)

PNAS (2017年) 掲載
Maridel A. Fredericksenら著
『Three-dimensional visualization and a deep-learning model reveal complex fungal parasite networks in behaviorally manipulated ants』より

どうやら真菌が生体分子を宿主の体内で分泌することでアリに異常行動をとらせるらしいのだが、これも詳しい原理はまだ解明されていないようだ。

また、アリが葉に噛みついた後に息絶えることはdeath grip(デスグリップ)と呼ばれ、その機構についての研究も多い。


オフィオコルディセプスによるアリのゾンビ化は、Alfred Russel Wallaceによって1859年に発見され、1886年出版の論文で報告された。

Ophiocordyceps unilateralis, commonly known as zombie-ant fungus,[2] is an insect-pathogenic fungus, discovered by the British naturalist Alfred Russel Wallace in 1859, and currently found predominantly in tropical forest ecosystems. O. unilateralis infects ants of the tribe Camponotini, with the full pathogenesis being characterized by alteration of the behavioral patterns of the infected ant.
(オフィオコルディセプス・ユニラテラリス(Ophiocordyceps unilateralis)は、通称ゾンビアリ菌[2]として知られる昆虫病原性真菌で、1859年にイギリスの博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスによって発見された。O.ユニラテラリスはCamponotini科のアリに感染し、感染したアリの行動パターンを変化させることで病原性を示す。)

Wikipedia "Ophiocordyceps unilateralis" より

…と知られているが、そのような記録は存在しない

まず、上記のWikipediaの引用の通り、Wallaceが1859年にオフィオコルディセプスを発見した件については参考文献がつけられていない。この件の出典を探したところ、David P Hughesらの2011年の論文にその記述があった。

The first biologist documented to have seen Ophiocordyceps-induced body snatching extended phenotypes was Alfred Russell Wallace in 1859, as this features in his travelling notes from Sulawesi [30].
(オフィオコルディセプスが誘発する身体のスナッチング拡張表現型を観察したと記録された最初の生物学者は、1859 年のアルフレッド・ラッセル・ウォレスであり、これはスラウェシ島での旅行記に記されている [30]。)

BMC Ecology (2011年) 掲載
David P. Hughesら著
『Behavioral mechanisms and morphological symptoms of zombie ants dying from fungal infection』より

"body snatching extended phenotypes"は良い訳を知らないのでGoogle翻訳のまま「スナッチング拡張表現型」としたが、「体を乗っ取られて普段とは異なる動きをするようになること」という意味である。「表現型」という言葉が専門用語なので、興味があれば調べていただきたい。

この論文の参考文献[30]にその事実が記載されているというのだが、Wallaceの収集物にオフィオコルディセプス・ユニラテラリスが寄生した二種のアリがあったと書かれているに過ぎない。

In the British Museum collection Cordyceps unilateralis also occurs on Camponotus atriceps from Brazil, and on Echinopoa melanarctos and Polyrhachis merops, both collected by Mr. A. R. Wallace at Tondano, a village in the Celebes; Formica sexguttata, from Brazil, is also attacked by a fungus, too incomplete for identification.
(大英博物館のコレクションでは、コルディセプス・ユニラテラリスはブラジル産のカンポノトゥス・アトリセプスや、セレベスのトンダノ村でA・R・ウォレス氏が収集したエキノポア・メラナルクトスとポリラキス・メロプスからも見つかりました。ブラジル産のフォルミカ・セクスガタータも真菌に侵されていますが、識別するには不完全すぎます。)

Annals and Magazine of Natural History (1886年) 掲載
William Fawcett著
『XXXII. - An entomogenous fungus』より

ただし、上記引用は2014年にFungi誌に掲載されたSusan Goldhorの記事『The Mycological Theatre』からの孫引きである。こちらの記事はWallaceの半生を追う記事で、記事後半にてWallaceが発見者だというHughesらの記述の裏どりを行っている。裏どりを進める中で、期待した証拠が空振りに終わった落胆や、第一発見者だった可能性はないとは言えない(記録がないだけ)という願望が見え隠れし、そして「彼は英雄ではあったが弱点もあったのだ」と記事を締めくくり、ついに証拠が見つからなかった悔しさを吐露する。記者のWallaceへの尊敬と事実を認めなければならないというジレンマに研究者としての矜持を感じさせ、とても良い。読みごたえがある。


さて、ここから本題に入る。オフィオコルディセプスとアリとの関連は1800年代から知られていたが、いつから"zombie ant"という表現が論文にも使われるようになったか報告したい

まず、初めて"zombie ant"という表現が使われた論文は2000年に出版されたDDoS攻撃に関する論文であった。DDoS攻撃とは、複数のPCをウイルス感染させて制御下に置き、サーバに集中アクセスすることでサーバをダウンさせるというもので、制御下に置かれたPCは"zombie computer"などと呼ばれる。そのゾンビPCが、この論文ではアリの軍団になぞらえられているのだ。しかし当然、オフィオコルディセプスは関係ない。

次に、初めて学術論文で寄生されたアリをゾンビに喩えたのは2007年12月のことであった(論文は筆頭著者D. C. HenneのResearch Gateで全文閲覧可能)。しかしこの論文ではタイコバエがヒアリに寄生することを指して"Zombie fire ant"と呼んでおり、真菌類は関係ない。ちなみに、タイコバエはヒアリに卵を産み付け、ふ化した幼虫はヒアリの頭を切断し、その頭の中でさなぎになって羽化していくのだそうだ。聞くだけでおぞましい…。

そして、真菌類によるゾンビアリの登場は2年後の2009年10月まで待たなければならない。Science Scopeという学術雑誌に、「Parasite causes zombie ants to die in an ideal spot(寄生体はゾンビアリを理想的な場所で死なせる)」というタイトルの短い記事が載ったのだ(記事の一部はProQuestで閲覧可能)。ただし、「短い記事」と呼んだ通り、掲載誌自体は学術雑誌ではあるものの、掲載されたものは"Editor's Roundtable"と呼ばれる編集者コラムのようなもので、査読付き投稿論文ではなかった。

その後、"zombie ant"という表現は2011年5月2日のHarry C. Evansらによるオフィオコルディセプス・ウニラテアリスとカンポノトゥス・レオナルディの関係を報告した投稿論文まで待たねば出てこない。

Ophiocordyceps unilateralis (Clavicipitaceae: Hypocreales) is a fungal pathogen specific to ants of the tribe Camponotini (Formicinae: Formicidae) with a pantropical distribution. This so-called zombie or brain-manipulating fungus alters the behaviour of the ant host, causing it to die in an exposed position, typically clinging onto and biting into the adaxial surface of shrub leaves.
(オフィオコルディセプス・ユニテラリス (Clavicipitaceae: Hypocreales) は、汎熱帯に分布するカンポティーニ (Formicinae: Formicidae)科のアリに特異的な真菌病原体である。このいわゆるゾンビ菌、あるいは脳を操る菌は、アリの宿主の行動を変化させ、露出した姿勢で死に至らしめる。)

PLoS ONE (2011年) 掲載
Harry C. Evansら著
『Hidden Diversity Behind the Zombie-Ant Fungus Ophiocordyceps unilateralis: Four New Species Described from Carpenter Ants in Minas Gerais, Brazil』より

脳を操る点をもってゾンビと形容していることから、ゾンビの理由が「真菌に侵されて死人のようだから」ではなく、「真菌に支配されているから」あるいは「宿主の行動を変化させるから」であることが伺える。

コラム記事と査読付き投稿論文とでは、科学雑誌においてはやはり格が異なるように思われるので、2011年のEvansらによる論文を真菌に侵されたアリを"zombie ant"と表現した初めての論文としたい。ちなみに、Wallaceが最初の発見者だと唱えたHughesはこの論文の責任著者になっているため、Hughesらのグループが"zombie ant"という表現を使い始めたと言っても良いかもしれない。

また、Hughesらのグループは2009年9月(電子版は7月)にもゾンビアリに関する論文を発表しているが、こちらでは"zombie ant"という表現は使っていない。ただしタイトルの"life of a dead ant"(死んだアリの一生)は「死んでいるのに生きている」と言いたげだ。その一方で、この論文を紹介するScientific Americanの記事では"zombie ant"という表現が使われている

The Ophiocordyceps unilateralis fungus infects Camponotus leonardi ants that live in tropical rainforest trees. Once infected, the spore-possessed ant will climb down from its normal habitat and bite down, with what the authors call a "death grip" on a leaf and then die.
(オフィオコルディセプス・ユニラテアリス菌は、熱帯雨林の木々に生息するカンポノトゥス・レオナルディアリに感染します。ひとたび感染すると、胞子に取り憑かれたアリは通常の生息地から降りてきて、著者らの呼ぶところの「死のグリップ」で葉を噛みつき、その後死にます。)

In other words, the fungus was transported via the zombie ant to its prime location. To see just how important this accuracy is to the fungus, the researchers identified dozens of infected ants in a small area of the forest. Some of the ants were moved to other nearby heights and locations, and others were left to sprout spores just where they had died.
(つまり、菌類はゾンビアリを介して良き場所に運ばれたのです。この精度が真菌にとってどれほど重要であるかを確認するために、研究者らは森林の狭いエリアで数十匹の感染したアリを見つけました。アリの一部は近くの別の高さや場所に移動され、他のアリは死んだ場所で胞子を発芽させるために放置されました。)

Scientific American(2009年7月31日)掲載
Katherine Harmon著
『Fungus Makes Zombie Ants Do All the Work』より

つまり、こういうことではないだろうか。2009年にHughesらがゾンビアリを発表した際には、"zombie ant"という表現を使う発想か度胸はなかった。しかし、Harmon記者が論文の紹介記事で"zombie ant"という表現を使い、それを気に入ったためにHughesらは"zombie ant"という表現を使うに至った、と。全くの想像ではあるが、発想の連鎖が研究者の性にも思えるし、キャッチーな名称をつけて耳目を惹くしたたかさが備わっててもいいじゃないかとも思う。

なお、"zombie ant"以前のゾンビアリを扱う論文には"body snatchers"という言葉が見受けられる。明らかに1956年公開のSF映画『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』に影響を受けた表現であり、ご丁寧に映画の原題である"Invasion of the Body Snatchers"をタイトルに入れた論文まで存在する。ゾンビブームを巻き起こしたロメロ監督の『ゾンビ』が1978年公開であることを考えると、文化の世代交代が感じられないだろうか。


ここで、今さらだがOphiocordyceps unilateralisやCamponotus leonardiという名前について説明しておく。まず、この世の生物はリンネ式階級分類という分類方法を参考にして学名がつけられている。その分類法を用いると生物は順に細かくなる八項目で分類される。

  1. ドメイン(Domain)

  2. 界(Kingdom)

  3. 門(Phylum)

  4. 綱(Class)

  5. 目(Order)

  6. 科(Family)

  7. 属(Genus)

  8. 種(Species)

たとえば、人間は「真核生物ー動物界ー脊索動物門ー哺乳綱ー霊長目ーヒト科ーヒト属ーヒト(ホモ・サピエンス)」である。

  1. ドメイン(Domain):真核生物

  2. 界(Kingdom):動物界

  3. 門(Phylum):脊索動物門

  4. 綱(Class):哺乳綱

  5. 目(Order):霊長目

  6. 科(Family):ヒト科

  7. 属(Genus):ヒト属

  8. 種(Species):ホモ・サピエンス

ただし、各項目には細分がある。たとえば、「目」には巨目、上目、大目、中目、目、亜目、下目、小目の順に細かくなる小分類が存在し、人間には上目:真主齧上目、大目:真主獣大目、目:霊長目、亜目:直鼻猿亜目、下目:真猿型下目、小目:狭鼻小目が充てられている。ただ、私のような素人には分かりにくいので、小項目は省略して記載したい。

次に、Camponotus leonardiだが、現行のアリの分類ではCamponotus leonardiという種は存在しない2016年2月出版の論文でアリ科の分類が改訂され、Camponotus属の亜属だったColobopsisが属に昇格されたことに起因し、Camponotus leonardiはColobopsisi leonardiに変更になったのだ。

To ensure monophyly of this large, cosmopolitan genus we institute the following changes: Colobopsis and Dinomyrmex, both former subgenera of Camponotus, are elevated to genus level (stat. rev.), and …
(この大規模で国際的な属の単系統を確定するために、次の変更を導入します。どちらも Camponotus の元亜属だったColobopsisとDinomyrmexは、属レベル (stat. rev.) に引き上げられました。そして、…)

Zootaxa (2016年)掲載
Philip S. Wardら著
『A revised phylogenetic classification of the ant subfamily Formicinae (Hymenoptera: Formicidae), with resurrection of the genera Colobopsis and Dinomyrmex』より

ということで、Colobopsis leonardiの分類は次のようになる。「族」は必要に応じて入ったり入らなかったりする項目である。

  1. ドメイン(Domain):真核生物

  2. 界(Kingdom):動物界(Animalia)

  3. 門(Phylum):節足動物門(Arthropoda)

  4. 綱(Class):昆虫綱(Insecta)

  5. 目(Order):膜翅目(Hymenoptera)

  6. 科(Family):アリ科(Formicidae)

  7. 族(Tribe):カンポティーニ族(Camponotini)

  8. 属(Genus):コロボプシス属(Colobopsis)

  9. 種(Species):Colobopsis leonardi

Google scholarで2016年以降を指定し、"Camponotus leonardi"と"Colobopsis leonardi"の検索結果を比較したところ、"Camponotus leonardi"でヒットした論文・記事は、65件中(2023/12/16時点)三件を除いてすべてゾンビアリに関するものであり、残り三件はアリの生態に関するものであった。そのうち二件は"Colobopsis leonardi"と記載・併記されており、残りの一件はそのまま"Camponotus leroanrdi"と書かれていた。一方、"Colobopsis leonardi"の検索結果では、25件中(2023/12/16時点)八件のみがゾンビアリに関するもので、残りすべてがアリの生態に関するものだった。また、ゾンビアリに関するものもどちらかと言えば、アリの行動表現型の研究が多く、真菌の侵食の研究は少ない印象を受ける。

つまり、アリの生態の研究者はアリの正確な分類を論文に表記する一方、ゾンビアリの研究者のうち、真菌がアリを蝕み操る仕組みを研究する者は、過去の真菌に関する論文を参考にするためか、そのまま"Camponotus leonardi"と表記する。そして、ゾンビアリのアリの行動表現型を探求する者はどちらかと言えばアリの生態研究者に近いため、"Colobopsis leronardi"と表記できるのだろう。

ちなみに、日本語で容易にアクセス可能なゾンビアリに関する書籍である、小澤祥司著『ゾンビ・パラサイト』や成田聡子著『したたかな寄生』は、これらはDavidらの論文をベースにしているため、"Camponotus leonardi"と表記している。


次に、ゾンビアリ菌であるOphiocordyceps unilateralisの分類は、「真核生物ー菌類ー子嚢菌門ーフンタマカビ綱(Sordariomycetes) ーボタンタケ目(ニクザキン目とも。Hypocreales)ーオフィオコルディセプス科(Ophiocordycipitaceae)ー Ophiocordyceps ー Ophiocordyceps unilateralis」である。

  1. ドメイン(Domain):真核生物

  2. 界(Kingdom):菌類(Fungi)

  3. 門(Phylum):子嚢菌門(Ascomycota)

  4. 綱(Class):フンタマカビ綱(Sordariomycetes)

  5. 目(Order):ニクザキン目(Hypocreales)

  6. 科(Family):オフィオコルディセプス科(Ophiocordycipitaceae)

  7. 属(Genus):オフィオコルディセプス属(Ophiocordyceps)

  8. 種(Species):Ophiocordyceps unilateralis

Ophiocordycepsが属、unilateralisが種を指す。もちろん、同じOphiocordyceps属に分類される近種はOphiocordyceps xxxxxxxxという名前がつけられる。以下の通り、新種が発見された場合も同様である。

Ophiocordyceps flabellata sp. nov. and Ophiocordyceps lilacina sp. nov. were described based on morphology and phylogenetic evidence from five genes (SSU, LSU, TEF1α, RPB1, and RPB2).
(オフィオコルディセプス・フラベラータ(新種)およびオフィオコルディセプス リラシナ(新種)は、5 つの遺伝子 (SSU、LSU、 TEF1α、RPB1、およびRPB2 )からの形態学および系統発生学的証拠に基づいて説明されました。)

Mycological Progress (2023) 掲載
Dexiang Tangら著
『Multigene phylogeny and morphology reveal two novel zombie-ant fungi in Ophiocordyceps (Ophiocordycipitaceae, Hypocreales)』
より

Six novel species of Ophiocordyceps with hirsutella-like asexual morphs exclusively infecting ants were presented herein, namely, Ophiocordyceps acroasca, Ophiocordyceps bifertilis, Ophiocordyceps subtiliphialida, Ophiocordyceps basiasca, Ophiocordyceps nuozhaduensis and Ophiocordyceps contiispora.
(アリのみに感染するヒルステラ様の無性形態を持つオフィオコルディセプスの6つの新規種、すなわちオフィオコルディセプス・アクロアスカオフィオコルディセプス・ビフェルティリスオフィオコルディセプス・サブティリフィアリダオフィオコルディセプス・バシアスカオフィオコルディセプス・ヌオザドゥエンシスオフィオコルディセプス・コンティススポラをここに紹介した。)

IMA Fungus (2023) 掲載
Dexiang Tangら著
『Six new species of zombie-ant fungi from Yunnan in China』
より

種名の後ろにある"sp. nov."は「新種」という意味。sp.はspecies(種)の、nov.はnova(新しい)の略語。

また、オフィオコルディセプス属にはアリ以外にもセミや蛾、トンボにコガネムシに寄生する種も存在する。このような昆虫に寄生する菌類を昆虫寄生菌、昆虫病原菌などと呼ぶ。一方、寄生された昆虫は虫でありキノコでもあることから虫草類と呼ばれる。特に冬に虫の身体を蝕み、夏になると子実体が顔を出すような真菌類は冬虫夏草と呼ばれる。この名前は聞いたことがあるのではないだろうか。ただし、漢方薬にも使われるのは蛾の幼虫に寄生するOphiocordyceps sinensisのみであり、それ以外は冬虫夏草とは呼ばれても薬にはならないようだ。

ちなみに上述の『したたかな寄生』では冬虫夏草をCordyceps sinensisと表記しているが、農研機構によればOphiocordyceps sinensisが正確な表記である(Cordyceps sinensisと表記しているページもあるけど…)。これはカンポノトゥス・レオナルディと同様に、昔はCordyceps sinensisだったが2007年の分類改訂でOphiocordyceps sinensisになった日本語の解説論文はこちら)。とはいえ、Cordyceps属には「冬虫夏草属」という和名がついているのだ。なのに冬虫夏草が冬虫夏草属に属していないのは罠以外の何物でもない。

ゾンビアリはゾンビ論文を探している最中によくヒットするが、ゾンビセミやゾンビトンボ、ゾンビ蛾などは全くヒットしない。アリに限定するのも寂しいというだけの理由でゾンビキノコと呼ぶことにしていたのだが、論文でよく見るように"zombie-ant fungi"(ゾンビアリ菌)に限定した方が正しいのだろうか。ゾンビセミにもなかなか強そうな響きがあるとは思うのだが、なぜ注目されないのだろうか。英語圏にはセミがあまりいないとか?


吸虫に操られるゾンビアリ

次に、寄生体が吸虫である場合について説明する。

吸虫はDicrocoelium dendriticumという肝吸虫が扱われることが多い。和名は槍型吸虫。寄生先はCamponotus属以外に、Cataglyphis属やFormica属のアリがあり、ゾンビアリ菌よりも幅広い種類のアリに寄生する特徴があるようだ。

槍型吸虫の生物分類は次の通り。

  1. ドメイン(Domain):真核生物

  2. 界(Kingdom):動物界(Animalia)

  3. 門(Phylum):扁形動物門(Platyhelminthes)

  4. 綱(Class):吸虫綱(Trematoda)

  5. 目(Order):斜睾吸虫目(Plagiorchiida)

  6. 科(Family): 二腔吸虫科(Dicrocoeliidae)

  7. 属(Genus):Dicrocoelium

  8. 種(Species):D. dendriticum

AntWikiでも槍型吸虫に言及した記事があったので、引用しておく。

The best studied example is Dicrocoelium dendriticum, the lancet liver fluke. Adults of Dicrocoelium dendriticum are found in the bile ducts of sheep, cattle, pigs, deer, cottontail rabbits, and woodchucks, while earlier life stages inhabit snails and ants.  … Once within the ant the parasites develop in two areas of the ant’s body, the brain and the abdomen. Those in the brain cause the ant to disperse to the tips of grass blades or other vegetation at dusk, lock their mandibles to the vegetation, and remain there until dawn (this behaviour is called summiting behavior). In this position they are most likely to be eaten by herbivores (the fluke's primary host) in the early morning. This behaviour will be repeated every night until the ant is eaten by a vertebrate host in which the parasite can fully mature and complete its life cycle.
(最もよく研​​究されている例は、ランセット肝吸虫である槍型吸虫です。槍型吸虫の成虫ヒツジ、ウシ、ブタ、シカ、ワタオウサギ、ウッドチャックの胆管に存在し、カタツムリやアリには初期の生活段階が生息しています。…アリの体内に入ると、寄生虫はアリの体の 2 つの領域、脳と腹部で発生します。脳への作用により、アリは夕暮れ時に草葉や他の植生の先端を目指し、下顎を植物に固定し、夜明けまでそこに留まります(この行動は登頂行動と呼ばれます)。この位置では、早朝に草食動物(吸虫の主な宿主)に食べられる可能性が最も高くなります。この行動は、アリが脊椎動物の宿主に食べられ、寄生虫が完全に成熟してそのライフサイクルを完了するまで、毎晩繰り返されます。)

antwiki 『Platyhelminthes』より

真菌も肝吸虫も、同じようにアリを植物に登らせるという点が同じであることは興味深い。脳を乗っ取って操るというよりは、高いところに登りたくなるような化学物質を分泌していると見た方がよいのではないだろうか。


肝吸虫によって操られるアリを初めてゾンビアリと呼んだのもHughesらのグループであり、2011年の論文で言及している。と言っても、オフィオコルディセプス以外を原因とするゾンビアリを紹介する文脈であり、吸虫に寄生されたアリを中心に取り上げてゾンビアリと呼んだわけではない。だが、同じ意味合いで宮中に寄生されたアリをゾンビと呼んでいることは間違いない。すなわち、「被支配者」として。

Where Ophiocordyceps belongs to the fungal sub-phylum Ascomycota, there is also an entomopthoralean fungus Pandora that is known to turn European Formica wood ants into zombies at distinct times of the day [31]. … Even more taxonomically distinct from both these fungal parasites is the wood ant brain worm, the trematode Dicrocoelium dendriticum, that also causes worker ants to leave their nest and bite into grass blades at distinct times of the day [33] to facilitate transmission to sheep as additional hosts (the ants acquire these trematode infections from a third host, a snail).
(オフィオコルディセプスは子嚢菌門の真菌亜門に属しますが、一日の特定の時間帯にヨーロッパのフォルミカ科のワラギアリをゾンビに変える昆虫目真菌パンドラも存在します[31]。 … これら両方の真菌寄生虫と分類学的に区別されるのは、ワラギアリの脳虫である槍型吸虫です。これも働きアリを 1 日の決まった時間に巣から出させ、草の葉に噛みつかせることで[33]、次の宿主である羊への感染を促します。(アリは第 3 の宿主であるカタツムリからこれらに感染します)。)

BMC Ecology (2011) 掲載
David P Hughesら著
『Behavioral mechanisms and morphological symptoms of zombie ants dying from fungal infection』より

補足だが、引用文中のワラギアリはFormica属のアリの一般的な呼称で、例えばFormica polyctenaという種のアリはPandora myrmecophagaやPandora formicaeという真菌類に寄生される。パンドラ属の真菌類にもオフィオコルディセプスのような宿主を操る例が確認されているが、とり殺した後は毛皮のような真菌が全身から生えるという点で異なる。また、パンドラ属の研究事例はオフィオコルディセプスに比べて非常に少ない


それでは槍型吸虫をメインに扱った論文で、初めて"zombie ant"の表現を使用したのは何かというと、まず2015年11月27日に承認されたMelissa A. Beckによる博士論文にこの表現が出てくる。

Subsequent infection of definitive hosts can then occur through the ingestion of these ‘zombie’ ants (review by Otranto & Traversa, 2002; Waldner et al., 2004).
(その後、これらの「ゾンビ」アリを摂取することによって終宿主の感染が起こる可能性があります(Otranto & Traversa、2002; Waldner et al.、2004による総説)。)

the School of Graduate Studies of the University of Lethbridgeに提出
Melissa A. Beck著
『Ecological Epidemiology of an Invasive Host Generalist Parasite, Dicrocoelium dendriticum, in Cypress Hills Interprovincial Park, Alberta』より

博士論文だけあって各章がそれぞれ査読付き論文になっているのだが、"Where are the zombies?"で始まるタイトルの第二章は論文になっていないようだ。その章とイントロにしか"zombie"の単語が出てこないのだが…。

面白いのは、彼女に続き、同大学院(the School of Graduate Studies of the University of Lethbridge)の修了生たちが"zombie ant"の表現を使って学位論文を提出することだ。たとえば、2016年4月19日に受領されたNatalia D. Phillipsによる修士論文2017年5月9日のBradley van Paridonによる博士論文2017年6月7日のZachariah W. Dempseyによる修士論文2019年4月16日のSarah E. Unrauによる修士論文などだ。同じ研究室の後輩なのだろうか。

しかし、この中の誰も投稿論文で"zombie"という単語を使っていない。Paridonのみ2020年にやっと共著で"zombie-ism"という表現を使ったのみで、あまり言いたくはないが、真面目な論文で"zombie"の単語を使うのはやはり気が引けるのだろうか。

査読付き投稿論文で初めて槍型吸虫の寄生をゾンビに喩えたのは、2016年5月9日に出版されたSophie Labaudeの論文においてだった。2011年のHughesらの論文を引いたがゆえに"zombie"で検索に引っ掛かったのはそれ以前もいくつかあったのだが、本文中で"zombie ant"と言及しているのはこの論文が最初だった。

The most famous cases of manipulation have their own nicknames: “lighthouse snails” for L. paradoxum, “zombie ants” for D. dendriticum, not to mention the “fatal attraction” or “morbid attraction” illustrating parasites that, just like T. gondii, change their hosts innate aversion for predators into attraction, or the “suicide-committing crickets” designing the deadly effect induced by nematomorph parasites on their insect hosts.
(最も有名な操作事例には、L. paradoxum に対して「灯台のカタツムリ」、D. dendriticum に「ゾンビアリ」など、独自のニックネームが付けられています。また、T. パラドクサムは言うまでもなく、寄生を表す「致命的な誘引」または「病的な誘引」として表され、…)

Symbiosis (2016年) 掲載
Sophie Labaude著
『Effect of the environment on the interaction between gammarids (Crustacea : Amphipoda) and their manipulative acanthocephalan parasites』より

また、2018年にsteemitというSNSにて槍型吸虫の寄生をゾンビ化と呼ぶ記事がchappertron氏によって執筆された。ただし、もちろん査読付き論文ではないし、上述のような学位論文ですらない。にもかかわらずなぜ紹介したかというと、この記事は私がしているのと同じように、学術論文に出てくるゾンビをまとめていて、親近感がわいたからだ。


しかし、Hughesらが2011年に槍型吸虫の被害者を"zombie ant"と表現してから2023年12月の現在まで、槍型吸虫とアリの関係について言及した記事や論文は約669件存在し、そのうち約64件、つまり10%程度しか"zombie"という単語を使っていない。ほかの寄生生物を併せて紹介する論文もあるだろうから、実際にはもっと少なく、10%を切ると思われる。一方、オフィオコルディセプスでは、2011年以降に限れば1330件601件で、半分近い数の論文で"zombie"という単語が使われている。

これは個人的な憶測だが、槍型吸虫の研究者たちは"zombie ant"という表現をむしろ嫌がって使いたがらないのではないだろうか

オフィオコルディセプスやパンドラという真菌と槍型吸虫とは、寄生したアリを巣から連れ出し植物に登らせ、「死の噛みつき」で自身を固定させるという点では同じである。しかしそこから先には大きな差がある。真菌はアリをとり殺し、「いかにも死体」という見た目に仕上げる。オフィオコルディセプスはアリのうなじ辺りから細長いキノコを伸ばし、パンドラはアリの全身を菌で覆う。そのような見た目も相まって「ゾンビアリ」という表現は本当にふさわしいと思う。ゾンビと言えば、グロテスクだったりボロボロの格好をしていたり、腐ったりするものだからだ。一方、槍型吸虫のゾンビアリは、最期を誰にも看取られることもなく牛や羊の腹の中に納まる。何というか、なんとなくゾンビという単語がしっくりこない。

あとは、若手が業界に入ってこないから、年配の研究者は"zombie"と言いたくない、とか。論文の件数が倍近く差を空けられているので、業界の体力のに差があるはずだ。


アリじゃないゾンビ

ゾンビアリについては以上だが、もっと範囲を広げ、寄生による行動表現が型の変化をゾンビと呼んだ最初の論文を探した。それは、2009年1月のFrederic Libersatらの『Manipulation of Host Behavior by Parasitic Insects and Insect Parasites』(訳:寄生昆虫および昆虫寄生生物による宿主の行動の操作)論文による。

In fact, the stung cockroach can be figuratively described as a submissive zombie that does not resist as the wasp cuts its antennae, feeds on its hemolymph, and then grabs an antennal stump and walks backward into a burrow, with the zombified cockroach following in a docile manner.
(実際、刺されたゴキブリは無抵抗で従順なゾンビとして比喩的に描写されます。具体的には、スズメバチが触角を切り、その血リンパを食べ、その後触角の根本を掴んで後ろ向きに歩いて巣穴に入るときでも、ゾンビ化したゴキブリはおとなしくしています。)

Annual Review of Entomology 掲載
Frederic Libersatら著
『Manipulation of Host Behavior by Parasitic Insects and Insect Parasites』より

この論文ではスズメバチとゴキブリ以外にも、Cordyceps属(Ophiocordyceps属とは別)とアリ、槍型吸虫とアリなど、様々な寄生生物を網羅的に扱っている。また、上記文章からも、無抵抗で従順≒被支配者としてのゾンビのイメージが伺える。



おわりに

以上、ゾンビアリについてまとめた。ゾンビアリそのものについては上の方で紹介した小澤祥司著『ゾンビ・パラサイト』や成田聡子著『したたかな寄生』、英語だが有志による解説記事やナショナルジオグラフィックの記事の方が参考になるだろう。

だから私は、「なぜゾンビなのか?」「いつからゾンビなのか?」というゾンビに対する興味をベースにして解説記事を書いてみた。「なぜ」の方は比較的早く見つかったが、「いつから」の調査に非常に時間がかかった。しかも厳密さや情報の更新、調査の再現性を重んじたばかりにゾンビから大きく離れた分野に大きな労力を割いてしまった。文字数も2万字に届きそうだ。

引き続き「ゾンビ」という観点から解説記事を執筆し、ストックしていきたい。ただ、次は文字数は長くとも1万字におさまるようにしたい。


参考にしたサイト


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