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ショートショート「海の光網」

ある日、よく晴れて心地よい流れの中を鯵のポプリが泳いでいると、どこからかシクシクと誰かの泣く声が聞こえました。
「誰か泣いているのか?どうした。」と言いながらポプリが声のする方へ近づいてみると、岩陰で1匹の鯖が涙を流して泣いています。

「やぁオリーブくんじゃないか、一体どうしたんだ?」
「ポプリくんか、聞いてくれよ。昨日は大しけでひどく海が荒れただろう。そのせいで朝からインタァネットが繋がらないんだよ。それなのに先生がたくさん宿題を出すもんだからにっちもさっちも行かなくて苦しいんだ。」
「僕んちにはインタァネットなんて無いし学校にだって行っていないけれど、それはきっと苦しいんだろうね。だけどもこんな所で泣いていたってどうにもならないよ。僕がそのインタァネットを繋げるのを手伝ったげるからさ、泣くのをやめなよ。」
「それは無理だよ。僕だってインタァネットが何なのかよく知らないんだ。君もなんなのか知らないんだろう?」
「知らないさ。でも大人に聞けば分かるし直せるかも知れないだろう。とりあえず行ってみようぜ。」

オリーブは「直せっこないよ。」としきりに呟きながら、死んだ魚のような目をしてポプリについて行きました。岩陰を離れて少し泳ぐと、イシダイのおじさんとオジサンのおばさんが向かいから泳いできました。
「ちょうどいいや。あの人達に聞いてみよう。おーいおじさんおばさん、ちょっと聞きたいことがあるんだ。止まってくれるかい。」
「ポプリとオリーブか、一体どうしたんだ?」
「オリーブくんの家のインタァネットが切れちゃってね、直したいんだけれどインタァネットがどんなものか分からないから教えて欲しいんだ。」
「インタァネット?私は聞いたことないねェ。あんた知ってるかい?」
おじさんはまるで武勇伝を語るような顔をして、インタァネットについて教えてくれました。
「インタァネットってのはね、光の網なんだ。まるでミズクラゲやイソギンチャクの手みたいに透き通っていてね、それでいて丈夫な網さ。この中をピカピカと光が巡って言葉や音、気持ちをやり取りするんだよ。ただどこにあるのかはおじさんも分からないな。」
「おじさんありがとう。場所は自分で探してみるよ。」
「頑張るんだぞ。おじさん達も手伝いたかったけれど、生憎今日はデートなんだ。すまないね。」
そう言うとおじさん達は泳いでいってしまいました。

「それにしてもどこにあるんだろう。とんと見当もつかないや。」
「おじさん達もどこにあるか知らないんだろう?探せっこないよ。諦めて帰ろう。」
「でも見てみたいよ。クラゲみたいに透き通っていて丈夫な網だなんて見たことがないもの。...そうだ。海の底にあるんじゃないか?底の方はおじさん達だって行ったこと無いはずだよ。」
オリーブは呆れたと言う顔をして、ポプリについて行きます。
そこから海の底まではとても辛い道のりでした。悪いサメに追いかけられたり、急な流れに巻き込まれ散り散りになってしまったり。

しかし2人はついぞ底に着くことは出来ませんでした。クジラの髭に掴まって下に降りていったところまでは順調でしたが、次第に身体が締め付けられるように痛み、苦しくなって耐えられないのでヒレを離してしまったからです。
「しまったな。これじゃもう底には降りられないぞ。それにこれ以上下に行ったらきっとぺしゃんこに潰れてしまう。」
「それに見てみてくれよポプリくん、この先は真っ暗さ。とてもじゃないがインタァネットがあるとは思えないよ。光なんてどこにも見えないじゃないか。」
「それもそうだね。じゃあ反対に海の上の方はどうだろう。あっちはとっても明るいよ。」
「そうかもしれないね。上に登ってみよう。」

そうして2人が上に昇ってみると、底には空を碁盤の目に切り裂く光の網がありました。
「オリーブくん、あれがインタァネットじゃないか?」
「きっとそうだ。見に行ってみよう。」
近くに寄って見ると、それはまるでミズクラゲの手のように透き通り、光を浴びてキラキラと輝いています。
「やっぱりインタァネットだ。これを持って帰ろうか。」
ポプリがそう言って光の網に手をかけようとしたその時です。
光の網の向かい側からたくさんの魚たちがものすごい形相をしてやって来ました。
「お前ェらそいつに触っちゃいけねぇ。死ぬぞ。」
魚たちは口々にそう叫びました。
ポプリ達は驚いてその場で固まってしまいました。
すると、光の網が突然キリキリと音を立てて動き始めました。
「インタァネットに逃げられるよ。急いで追いかけよう。」
そう言って2人は必死に追いましたが追いつくことは出来ませんでした。海の外に出ていってしまったのです。魚が海の外に出ると当然死んでしまいます。
「あの魚たちはこれを知っていて僕らを叱ったんだね。掴まっていたら今頃僕も外に放り出されていたよ。」
「インタァネットって怖いんだね。僕はもうこりごりさ。宿題は先生に直接持って行くよ。もう帰ろう。」

そう言って2人は近くで遊んで帰りました。
オリーブがインタァネットを使うことはこの先きっと無いでしょう。

助けてください。