【30秒で読める怪談】行方不明
私が小学生の頃の話です。
ある日、友達の雄一くんがこんなことを言い出しました。
「トウドウ突堤の横っちょに、浜へ下りていく階段があるだろ? あそこをずっと行くと、洞窟があって、お宝が埋まってるって。今度、探検しようぜ」
「トウドウ突堤」というのは、「東堂」というかまぼこ工場近くの突堤で、私たちがたまに海釣りをしていた場所です。
確かに階段があって、下りたことはあったのですが、洞窟を見た覚えはありません。
そんな噂を聞いたこともありません。
みんな、「へー」という感じでその場は終わったのですが、後日、「トウドウ突堤」で釣りをしたときに再びその話に。
雄一くんは言います。
「石崎川の反対方向へいくんだ。洞窟があるんだと」
海が静かすぎたせいか、誰も1匹も釣り上げていませんでした。
「行ってみよっか。洞窟探検なんておもしろそうだ。秘密基地にできるかもしれん」
私の意見に、残りの友達2人も賛成のようでした。
兄からその噂を聞いたという雄一くんを先頭に、突堤の階段を下ります。
浜には下りたことがあります。
ただ、幅が狭いのと、ゴツゴツした岩が露出しているせいで、地元の人たちも含め海水浴客はほぼ来ない場所です。
「あっちあっち。あのテトラポッドの先に洞窟があるらしい」
海岸沿いに設置された波消しブロックの上を、4人でぴょんぴょん渡り始めました。
身の軽い子供のことですから、造作もありません。
浜から25メートルも離れたでしょうか、雄一くんが大声を上げました。
「ここだ、ここ! ここ!」
見れば、波消しブロックの間にやや広い隙間があり、下の砂地が1メートル四方ほど露出していました。
奥に暗い穴があります。
中は真っ暗。
試しに私は、波消しブロックに張りついた貝殻を2、3枚はがして投げこみました。
貝殻はどこかにぶつかることもなく、暗闇に吸いこまれていきました。
「奥はけっこうあるんじゃない?」
私の言葉にかまわず、雄一くんは砂地に飛び下り、穴をのぞいています。
「お宝が見つかっても、おまえらにはわけてやんないからな」
雄一くんは腰をかがめて、穴へ入っていきました。
すぐに戻ってくると思っていました、このときは。
でも5分たち、15分たち、30分たっても戻ってきません。
「雄いっちゃーーん!」
友達2人と一緒に、穴の奥へ呼びかけましたが、返事はありません。
波消しブロックにつかまっている手が疲れてきたので、私も砂地へ飛び下りました。
穴をのぞいてみました。
幅50センチ、高さ1メートルほどの洞窟でした。
少し奥へ入ると、完全な暗闇になっています。
海水も入りこんでいるようでした。
私は身をかがめ、もう一度、洞窟の中へ向かって呼びかけました。
「雄いっちゃあぁぁぁぁん!」
急いで耳をすませます。
聞こえるのは、私の声の残響のみ。
あとは小さな波の音だけ。
ほかには何も聞こえません。
気のせいか、さっきより海水の水位が上がっているようです。
空もどんより暗くなってきました。
ふいに私は怖くなりました。
何かに背中をつかまれたような気がして、波消しブロックに飛びのりました。
無我夢中で飛び移って元の浜へ戻ります。
友達2人もあわててついてきました。
浜でハアハア言いながら、3人で顔を見合わせました。
誰かが何か言うのを待ちましたが、誰も口を開きません。
「帰ろう……」
言ったのは、私でした。
一瞬の間のあと、友達の片方が返事しました。
「そうだな」
もう片方もうなずきます。
私たちは釣りをしていた場所へ戻りました。
すでに夕闇も深くなっていました。
自分の竿とクーラーだけ持って、「トウドウ突堤」を離れます。
雄一くんの道具はそのままにしておきました。
真夜中。
私は横で眠る母を泣きながらゆり起こし、事情を説明しました。
最初、母は私が夢を見たのだと思ったようですが、私の様子に何か思うところがあったのかもしません。
雄一くんの両親へ電話をかけてくれました。
しばらくしてつながりました。
耳にスマホを当てている母の体が硬直したのがわかりました。
「うちの子が、『かまぼこ工場』とか言ってまして……」
電話を切った母の顔が変わっていました。
カーディガンだけ羽織って、母は私を車に乗せ、雄一くんの家へ走らせました。
雄一くんの自宅前は、パトカーの赤色灯で真っ赤でした。
私は生きた心地もなく、何人かの警察官に「トウドウ突堤」の話をしました。
離れたところにいる雄一くんのお母さんが、目を見開いて私を見ています。
母と一緒にパトカーへ乗せられ、突堤へ向かいました。
雄一くんの釣り道具は、まだ同じ場所にありました。
海が驚くほど静かだったのが、私の記憶に残っています。
20分ほどして、毛布に包まれた雄一くんが階段を上がってきました。
心の底からホッとしましたが、このときほど怖い思いをしたことはありません。
あとから知った話では、見つかったとき、雄一くんは腰まで海水につかっていたそうです。
雄一くん自身、気づいたらその状態だったとか。
なぜそんな危険な状態だったのか。
この「事件」以後も、私と雄一くんは何度も顔を合わせています。
しかし2人とも「事件」にはふれられずにいるので、真相はわかりません。
20年たった今は、連絡もとっていません。
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