ハヤカワ電書セールこいつがオススメ3選

いま、早川書房がセールしてる

んですよ参照公式note下記。

最大半額という太っ腹かつ多ジャンルにわたる膨大な点数。おれはハヤカワ日頃から紙も電子も愛読してるんで、この大量のラインナップのなかから今読んでほしいぜって弾が三つくらいはあった、久しぶりにnote書くんでちょっと参考にでもしてってくれ、そんな記事です。じゃあいくぜ。

「IQ」 ジョー・イデ

アメリカはロサンゼルス南部、黒人とヒスパニック系のギャングが日夜抗争してるような治安がクソクソ悪いエリアで生まれ育ち暮らす青年アイゼイア・クィンターベイ、人呼んでIQ。表紙のとおり黒人。
卓越した洞察力と観察力、推理力を持ち、ご当地探偵みたいに貧困層の人助けをしていた彼が、若気のやらかしで取り返しのつかない怪我を負わせてしまった少年の治療費を稼ぐべく、デカいヤマ(これも貧困層から成り上がった歌手に依頼された話だ)に挑む……というのがストーリーの一つの柱。そしてもう一つの柱は、彼が敬愛してやまなかった兄の思い出と、その事故死の真相を暴くパートになります。

ともかくアメリカの治安の悪い部分、その根底にある貧困、そうしたものが透けて見えるんだけど、表向きはそれがスラングやラップ・ミュージックでワルそな感じのカッコ良さに昇華されてるのがスゴイところ。主人公のIQはそうしたワルとは一線を引いて沈着冷静にふるまうカッコ良さもある。

ミステリなんだけど、IQことアイゼイアはいわゆるインテリではないんですよね。ただひたすら洞察力にすぐれていることで事件をどうにか先へ進めてゆく。本来なら大学に通っていてもいいくらい頭のいい彼がインテリ階層でない理由は、兄の死もあって進学の道を絶たれてしまったから、という悲しさもあります。

事件の進行もミステリらしいどんでん返しというより、アメリカの、普段われわれがドラマや映画では目にしないような階層の人々の人間模様や、それが引き起こす事件を追いかけるようなストーリー。この貧しかったり成り上がったりした連中のレイジーな生き様がいちいち心にクるんだ。

最初はスラングを訳した言葉の荒さに驚くかもしれないけど、慣れるとそれが愛おしく思えるようになります。

ちなみに、兄の死の真相パートは同じくセール中の続編、IQ2で完結するので、セットで買うのもおすすめ。事件自体の面白さも2では「ギャンブル中毒のチャイニーズ系の娘がヤクザからの取り立てに窮してパパのお金を盗んだら実はパパの正体がチャイニーズマフィアだったでござる」という、一作めよりやべーやつなので、IQ2もあわせておすすめです。

クロニスタ 戦争人類学者 柴田勝家

最近はすっかり某アイドルPとして名を馳せてしまった柴田勝家先生ですが、この方の著作でいちばんこれが好き、それが今400円もしないんだからそこらの同人誌より安い、買って損はないぜという紹介です。

現生人類とはちがう種、ネアンデルタール人の生き残り……「かもしれない」少女ヒユラミールを保護した、文化人類学者の青年シズマ・サイモン、そして彼らを狙う組織、その逃避行として話は進んでいくんですが。

クロニスタの圧巻は、そのベースになっている世界観にあります。近未来の地球が舞台、人類はほぼ統一されている、でもその統一というのが軍事的なものではなく、「集合自我」を共有するというもの。これは俺の文章じゃ伝わらないんで引用しましょう。

(前略)……大多数の人々が自己相を持っている。パーソナルな感覚を全て、小さな機械と脳内に築かれた可塑神経網(プラスチックニューロン)で補填する人々。
 共有された自己。日々の体調から、五感の全て、思い出、記憶、感情に至るまで、個人は脳内に築かれた自己相にライフログとして保存される。そうしたパーソナルデータは、成層圏に浮かべられた無数の通信雲(クラウド)を介して、絶えず巨大なデータの海にアップデートされる。

というわけでこの未来世界の人たちは知らない言語があればダウンロードして自分にインストールして話せるし軍事用の運動神経をインストールすれば誰でも軍人並みの動きを得られる、乱暴に省略するとこんな世界です。

で、引用部分だけ読んだカンのいい人は、「でもそんな世界で人間に自我ってあるの?」ってなると思うんですよね。そこです。この小説で多彩な各キャラクターは個人として振る舞うし自我があるように見えるんですが、その存在は実のところ危うい。そこを文化人類学者の主人公シズマが紐解いてゆきます。

SF、「サイエンスフィクション」だから理科系の学問を想像すると思うんですが、本作の魅力は「文科系」たる文化人類学にあります。

同作者の「ニルヤの島」「ヒト夜の長い夢」もそうした文科系サイエンスによるサイエンスフィクションなのですが、クロニスタはキャラクターの立て方がとてもわかりやすく、一番読みやすいとおれは思っています。
ヒユラミールに文化人類学的な興味、というよりロマンを抱いてしまって軍に引き渡すのをこばむシズマ、彼を取り巻く二人の親友、謎の上官、そうした人間関係やキャラクターが物語を引っ張ってくれる。セールの間に読み終わって他の作品に手を出す時間があります。読んでおいて損はないです。

メチャクチャ個人的な余談なんですが、このクロニスタの世界、ストレスが溜まるとそれを解くプログラムをインストールして対処するんですが、溜まりすぎて対処やりすぎるとバグる悲劇が起きます。おれ個人的にメンタルの薬を服用している身なのでそこ、たいそう身につまされる描写です。つらい。

三体

このセールで俺もついに読んだんですよ、ごめん! 食わず嫌いしててすげえごめん!! ってなったんで熱いうちの感想めいたおすすめ文を書きます。

主な主人公というか視点人物は二人、激動の時代を生き延びた苦難多き女性科学者葉文潔(イェウェンジエ/ようぶんけつ さまざまな年齢の時期に登場)と、振り回され巻き込まれマスコット的語り手青年科学者汪淼(ワンミャオ/おうびょう)。

葉文潔のパートでは中国の文化大革命の時代からスタートする重苦しい歴史が、汪淼のパートでは彼の身に起きる奇怪な現象とその解決のためにプレイする文明衰亡シミュレーションゲーム「三体」のプレイング、そしてそれらの情報を総合した結果起きていることがわかった事態に対処するどんぱちが描かれます。

もうネタバレも一歩踏み込んでいい時期だと思うので書きますが、この建て付けでなんと宇宙人との出会いモノです。いやどこに出てくるんだって思うかもしれないけど葉先生も汪先生もその、宇宙人その名も三体人に深く関わることになります。それがいつ出るかだけでも楽しみに読む価値がある。

が、これはおれのオススメ記事なのでおれのオススメポイントを一つ挙げよう、汪先生のパート、バディものである。

例えるならばゲーム:デトロイトビカムヒューマンのハンクとコナーの刑事コンビ……ではコナーにあたる汪淼先生が若干ツンツンヘタレではあるけど、汪淼はハンクのようなタフガイの刑事、史強(シーチアン/史強、コミカライズ版では40代)とのデコボココンビで、宇宙人やらそれに心酔する科学者やらに立ち向かってゆきます、そう、これはまぎれもないバディものです。

かといっていつもべったり一緒ではなく必要に応じて大史(史アニキというニュアンスらしい)こと史強ニキが手助けにくる、という構図。無礼なタフガイの史強をはじめは快く思わない汪淼ですが、終盤には故郷に連れてってもらうレベルで仲良くなります(語弊)(でもない)。

もう、発売したころみんなが読んでー! って言ってた意味がわかったわ、これ。エンターテイメントなんですよ。葉文潔のパートこそ中国ならではの文革を描いていて重苦しいハードSFの様相を呈しているんですが、彼女のパートが汪淼先生のパートに合流すると話は一気にエンターテイメントへと加速します。

これもうだから、スタートレックくらい人口に膾炙してほしい。「三体」の「古箏作戦」みたいにさー、って軽くしゃべれる風潮にしたい。そんな思いなのでこのセールもう1000円とか実質無料なので迷いがあるならまずこれ、これ読んでほしい。ぜひ。

まとめ

そんな感じで読んでほしいの三選でした。三体とか読んだばかりでとっちらかっててすまねえ!

早川のセール、いつもながら太っ腹です。おれもまだ見ぬ名作を求めてオススメ記事とか探してるとこなんで自分でもしたためておいた次第。