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あのインドカレー屋のナンのデカさに俺たちはまだ慣れない

 君たちはインドカレー屋に行ったことがあると思う。ない奴は今すぐここから出て行け人は、これからインドカレー屋に行くにあたってのある種の心構えとしてこの記事を読んでほしい。

 インドカレー屋のナンはめちゃくちゃデカい。インドカレー屋に行くと、100%の人が「ナン、デカすぎだろ」と思う。そしてそのうち100%の人が「いやデカすぎだろ」とすぐにもう一度思う。インドカレー屋のナンというものは、それほどまでにデカい。

 もちろん、ナンの大きさは店ごとに違う。しかし「デカくない」ということはまずない。「バカデカい」か「クソデカい」かのいずれかだ。極稀に「ミニデカい」ときもあるが、前提としてデカい。190センチのNBA選手みたいなものだ。

 日本にあるインドカレー屋のナンがデカくなったのには実はれっきとした理由があるのだが、それは割愛するので各々で調べてほしい。
 (予め言っておくと、俺はデカいナンが大好きだ。これからもインドカレー屋さんにはデカいナンを客に出し続けてほしいと思っている)

 店に入って席に座り注文をし、料理が目の前に出てきたときに全員が「デカい」と思う、そんな施設はこの世でインドカレー屋しかない。もはやただのインドカレー屋ではない、「インドカレー屋さん兼ナンデカいと思わせ屋さん」なのだ。

 もちろん「デカさ」を売りにしている店に行けば同じように客が皆「デカいな~」と思うことはあるだろう。そうでなければ「デカさ」が売りになっているとは言い難い。ただ、インドカレー屋はそもそもナンのデカさを売りにしていない。ナチュラルにただただデカいナンが当たり前のように運ばれてくる。

 更に言えば、ただでさえナンがデカいのに、8割のお店で「ナンのおかわりあります」と店員がアピールしてくる。もしも店サイドに「うちの店のナンはデカい」という認識があれば、おそらくそんなことはアピールせずメニューに記載しておくに留まるだろうし、「デカいし流石におかわりは無理でしょ」もしくは「デカイシ流石ニオカワリハ無理デショ」と思うはずなのだが、基本的にそういったことはない。大体の客が申し訳なさそうにおかわりを断っている。だってデカいんだもん。

 俺が初めにインドカレー屋のデカいナンに出会ったのは、もう20年ほど前の小学生の頃だ。親に連れられて夕飯を食べに行ったあの頃、まだ体も小さかったので、目の前に運ばれてきたナンのデカさに圧倒された。
  俺の身体の半分くらいあるじゃねえか、と思いながら、無心にナンをちぎってカレーをすくって食べていた。親の教育の方針上、残すことは許されなかったので、当然のようにすべてを食べ切っていた。満腹も満腹で、体が小さいゆえに一人前のナンがデカく感じてしまうのだろうなと思っていたのだが、違った。インドカレー屋のナンは大人になってもデカい。むしろ子供の頃よりデカくなっている。俺がデカくなるスピードと同じ早さでナンもデカくなっているのだ。

 そして不思議なのが、これだけナンのデカさに対する認識があって、インドカレー屋に行く度にデカいナンを食べているにもかかわらず、俺たちは決してそのデカさに慣れることがないということだ。わかっていても「デカい」と思うことをやめられない。不思議すぎる。

 店に入る時点というか、もしかしたら今日はインドカレー屋でナンを食べるかもしれないという考えが頭の中をよぎった時点で、もうそこにあのデカいナンがある。店の前に行くとそれはまた少しデカくなり、店に入って席についてメニューを見てる間にまた少しデカくなる。ナンは俺たちの心の中でどんどん成長を続ける。

 にもかかわらず、予めデカいと思っているにもかかわらず、目の前に運ばれてきたナンに対して

「デッケェ~~!!!!」と思う。

  毎回だ。俺たちはバカなのか?
  違う。ただただ、ナンがデカいだけだ。

 もしもインドカレー屋が一蘭のようなカウンターだったらナンが入りきらない。それを理由にインドカレー屋は一蘭のようなカウンターを採用していないし、一蘭はインドカレー屋のナンを出すことを禁止されている。

  また、遠足のおやつについても「300円以内(※ただしインドカレー屋のナンはデカいのでダメ)」と書かれており、ルールを破ってナンを持ってきた児童がその小さなリュックサックから完全にはみ出したナンを、たまたま通りがかった怪鳥に咥えられ体ごと持っていかれて連れ去られ行方不明になってしまうも、ナンがデカすぎるため人工衛星から撮影できて無事に救出されたといった事例もある。それほどまでにインドカレー屋のナンはデカいのだ。

 ここで、インドカレー屋のナンのデカさを甘く見た人間が犯しがちな過ちとして1つの事例を紹介しよう。Cランチだ。

 インドカレー屋に足を運ぶタイミングとしてそれなりに多いのは、馴染みのない土地に来て「この辺あんまり詳しく知らないけどインドカレー屋ならハズレがないから入ろう」と思いながらランチを取るときだ。実際にインドカレー屋というのはハズレがなく、どこで食べても美味い。

  当然店のことは全く知らないのだが、大体そういったときに俺たちは「Aランチ」「Bランチ」「Cランチ」といったランチメニューから一つを選んで食事をすることになる。
  ドリンクはついていたりいなかったりするが、おおよそAランチは「カレー1種+ナン+サラダ」で最安。Bランチは「カレー2種+ナン+サラダ」。そしてCランチはBランチの内容に加えてタンドリーチキンがついてくるといったものだ。ここでインドカレー屋のナンのデカさをナメている奴はCランチを頼んで胃袋が破裂して死に至る。

 実はナンがデカいだけではなく、このシステムにはもう一つ罠があるのだ。

  インドカレー屋においてわざわざ別途でつけなければ出てこないタンドリーチキンというのは、それなりにデカい。仮にAランチを頼んでも申し訳程度のタンドリーチキンが皿に乗って出てくることがある。それがインドカレー屋というものだ。

  つまり、Cランチにはミニタンドリーチキンとデカタンドリーチキンが乗って出てくるということだ。ただでさえデカいナンを胃袋におさめなければならないのに、味の濃いデカい鶏肉が入るスペースなんてあるはずがない。つまり、死ぬしかないのだ。店によってはBランチでも殺しに来ることがあり、Dランチという「頼んだ人間が確実に死ぬ」という選択肢が存在するケースもあるので、素人は命が惜しければおとなしくAランチを頼むことを推奨する。

 少し話は変わるが、インドカレー屋ではナンではなくライスを頼むこともできる。個人的には「誰がナン食わずにライス食うんだよ」と思っているので死んでいる二択なのだが、先日たまたまナンではなくライスを選んでいる客を目撃してしまった。
  インドカレー屋に来てナンではなくライスを頼む人間は絶滅危惧種として国から保護されているらしく、野生で出会う確率は「高額の懸賞金がかけられた凶悪指名手配犯と快活クラブで隣のブースになる確率」よりも低いらしい。米食いたいなら別の店に行くだろうがよ(好きなものを好きに食べることが正しいです)。

 俺は未だかつてその二択でライスを選ぶ人間を見たことがなかったので、物珍しさで「いったいどんなライスが来るのか」が気になり、大人げなくその人のほうをチラチラと見てしまった。六法全書をほじくれば何かしらの罪に当てはめることができるだろうというほどにチラ見してしまった。何を思うって当然「ライスもデカいのかどうか」だよ。それしかないだろ。

 しかしながら運ばれてきたライスは完全に普通だった。デカくない。皿に普通に良い感じに盛られて出てきていた。何しに来たんだお前。インドカレー屋は人々にナンを食べさせることと、ナンをデカいと思わせることと、ラッシーを飲ませることだけが目的で存在するんだぞ。ライスを頼んだ時点でそれを一撃で2つも切り捨てるとか笑止千万。インドカレー屋のライスは「普通」です。マジでこれは覚えて帰ってくれ、と思いながら俺は目の前に運ばれてきたバカデカいナンに「デッケ~~!!!!!」と言っていた。
  ちなみにさっきのミニタンドリーチキン理論と同じで、店によってはナンを頼んだのにミニライスも皿に乗ってくることがある。親切にもほどがあるだろ。

 俺は思う。もしも毎日インドカレー屋に寄ってナンを食べていれば、いつしかデカいナンに対して「デッケ~~!!!!!」あるいは「いやデカすぎて草」もしくは「デカすぎワロタ」と思わなくなるのだろうか、と。

  俺たちがいつまでもインドカレー屋のナンのデカさに翻弄されているのは、日頃から食べているものがインドカレー屋のナンよりも小さいからだ。

 ただ、もしも、たとえば日本が国を挙げた取り組みで、国民にインドカレー屋のナンをデカいと思わせないよう、その他すべての食べ物をデカくするというものが行われたとしても、インドカレー屋のナンはただ比例してデカくなるだけだろう。インドカレー屋のナンというものはそういうものだ。デカくなければならないという使命を帯びている。我々のような人間風情が小手先でそのデカさに立ち向かおうとしたところで、圧倒的デカさをもって全てを無に帰す。インドカレー屋のナンというものはそういうものだ。

 なので、俺たちはこれ以上インドカレー屋のナンをデカくしないためにも、今のちょうどいいデカさを維持してもらうためにも、日頃から小さいものを食べなければならない。でなければインドカレー屋のナンは人智を超えてデカくなってしまう。
  俺たちがインドカレー屋のナン以外のデカいものを1度食べるたびに、インドカレー屋のナンは1ミリデカくなるという事実がある。宇宙と同じじゃねえか。これもう日頃からデカいものを食べてる奴を処罰するとかの法律が必要だろ。でなければナンがデカすぎて食べれないからって理由でライスを頼む奴が続出するぞ。そうなったら終わりだよ、何もかも。

結論:みなさん、毎日、小さいものを食べてください。

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