「バルフォア宣言」を読んでみる



ウォルター・ロスチャイルド(Wikipediaより)

いつ果てるともない凄惨な殺戮が続いているパレスチナですが、その原因を作ったのが「英国の三枚舌外交だ」という意見をよく耳にします。
ですが「三枚舌外交だ」とおっしゃっている方のうち、問題となるバルフォア宣言の全文をお読みになった方はどれだけいらっしゃるのでしょうか?

この点について論争するつもりはありません。あくまでも事実をご紹介するだけに止めたいと思います……とはいえ、事実を列挙するだけで僕の私見になってしまうかと思いますが。


Foreign Office,
November 2nd, 1917.

Dear Lord Rothschild,

I have much pleasure in conveying to you, on behalf of His Majesty's Government, the following declaration of sympathy with Jewish Zionist aspirations which has been submitted to, and approved by, the Cabinet.

"His Majesty's Government view with favour the establishment in Palestine of a national home for the Jewish people, and will use their best endeavours to facilitate the achievement of this object, it being clearly understood that nothing shall be done which may prejudice the civil and religious rights of existing non-Jewish communities in Palestine, or the rights and political status enjoyed by Jews in any other country".

I should be grateful if you would bring this declaration to the knowledge of the Zionist Federation.

Yours sincerely,
Arthur James Balfour

敬具
アーサー・ジェームズ・バルフォア

陛下の政府は、パレスチナにユダヤ人のための「ナショナルホーム」(※)を建設することを好意的に受け止めており、目標の達成を容易にするために最善の努力を行なう。ただしパレスチナに存在する非ユダヤ人共同体の市民的・宗教的権利、あるいは他のすべての国においてユダヤ人が享受している権利や政治的地位を損なうようなことがあってはならないことは、明確な了解事項である。

この宣言をシオニスト機構にお知らせいただければ幸いです。

敬具
アーサー・ジェームズ・バルフォア

これが、バルフォア宣言の全文です。たったこれだけの文章なのに、なぜか本文の後半の存在は、ほとんど紹介されることがありませんよね。

(※)「ナショナルホーム」ユダヤ人国家だという説もありますが、既にユダヤ系の人々がパレスチナに作っていたようなユダヤ人入植地のことだという解釈が一般的です。後述のチャーチル白書による解釈も同様です。

このバルフォア宣言を英国政府に求めたウォルター・ロスチャイルドはヨーロッパの金融界で絶大な力を持つユダヤ人資産家・ロスチャイルド家の当主であり、また英国議会の貴族院議員でした。ユダヤ人のための国家を作るシオニズム運動には反対の立場をとる者が多かったロスチャイルド一族の中で、限定的ながら賛成の立場をとっていた人物です。
ただこの時代、シオニスト機構には熾烈な派閥対立がありました。ロスチャイルドをはじめとする穏健派(金銭でパレスチナに不動産を購入して平和的な入植をすることを是としていた人々)は、ロシア・東欧のユダヤ人迫害の激化によってパレスチナに来た過激派(パレスチナの先住アラブ人の不動産を武力で奪い取って入植することを是としていた人々)と激しい主導権争いをしていたのです(この対立は遅くとも1913年には既に始まっていました)。そんな中、ロスチャイルドが英国政府に貰ったお墨付きがバルフォア宣言です。

1922年、英国政府はバルフォア宣言の解釈を明確化する外交白書「チャーチル白書」を発表しています。その中で以下の点が述べられています。
・文中の「ナショナルホーム」とはユダヤ人国家の意味ではないこと
・ヨルダン川より西の地域にパレスチナ人の自治政府を作るために協力すること
・ユダヤ人の移民はパレスチナの経済圏によって受け入れ可能な範囲に制限すること


以上、皆様がパレスチナ問題を考える一助になれば、と思います。
ただひとつ注意したいのは、現在のパレスチナ情勢は、1994年にパレスチナ、イスラエル双方が相手の主権と領土を承認したオスロ合意に基づくものなので、「バルフォア宣言に書かれている」がパレスチナにとってもイスラエルにとってもそれぞれの権利・立場を主張する根拠に直結するわけではないということです。

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