『たとへば君』河野裕子/永田和宏著 

『たとへば君』河野裕子/永田和宏著 (文藝春秋)

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総合 A -

感想 いつかの授業で、教授が教えてくれた短歌「手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が」がずっと心に残っていた。この本の最後の方に偶然この短歌を見つけたとき、長年離れていた友人に予期しない場所で出会ったような気持ちになった。この本は私が読むべき本だったのだなあと、本書を紹介してくれた国文学科の友人に感謝したい。

夫婦が長年にわたって歌を送り合うなんで、なんてロマンチックなんだろうと、本書を読む前は思っていた。しかし実際に読んでみると、ロマンチックという言葉が陳腐にさえ思える。

長年夫婦で一緒に暮らすということは、計り知れない苦労があるようだ。子供を育てることも亦然り。河野が乳癌を患って、再発する過程も、つぶさに記述されている。河野は治療後、精神が不安定になって永野に激昂することもあったという。そのようななか、独立した子供たちの手を借りながらも、二人で穏やかな生活を模索する過程は想像を絶するものだ。そして発病後8年がすぎて、ようやく安定したもとの生活を取り戻せそうな予感を感じている最中、河野の乳癌の転移が見つかったのである。

どのような状況下にあっても、二人の間には短歌があった。相手を想っての短歌はただロマンチックなものだけではない。よくある恋愛のフィクションでは取り除いてしまうべき、澱のようなものも含まれている。だからこそ、そこにはリアリティがあり、重みがある。最後に「手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が」を再び読んだとき、授業できいたときとはまた異なる現実感を伴って私に響いた。

注釈 評価の尺度

おすすめ:
たくさんの人に薦めたい A
最低1人は薦めたい人が思いつく B
薦めたい人が思いつかない C

読み返したい:
3年以内に読み返す A
死ぬまでに読み返したい B
もう読み返さないかも C

読み始めてからのスピード:
数日以内に読み終わる A
1週間以上1か月未満 B
1か月以上 C

総合評価
上の3つの評価を平均したもの。

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