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これまで読んだ本の感想をまとめています。
悪とは何か?倫理学への新たなアプローチ 良いとは何かではなく、悪いとは何かという切り口から、倫理学に新たに踏み込む人のための入門書です。「悪いことはなぜ楽しいのか」というタイトルに惹かれ、この本を手に取りました。戸谷洋志の「友情を哲学する」よりも読みやすく、倫理学や哲学のビギナー向けかもしれません。 ショーペンハウワーの倫理感 ショーペンハウワーの倫理感についての記述が特に面白く感じました。 道徳的な行為が性格によって制限される場合、その性格を変えることは難しいですが
成田の精神疾患のひとたちが集まる自助会(ぴあ活動)に参加した。東京から成田まで2時間ほどかかった。自助会のひとたちはみんな気さくだった。もっと深刻な話をするのかと思っていたが、意外にもどこのスーパーの弁当が安いとか、最近見たい映画があるんだとか、普通の会話であった。私も楽しく話に入らせてもらった。メモを取ろうと意気込んで持ってきたノートは結局鞄に入ったままで、お菓子を食べながら友達と話すような気軽さで話した。千葉の話をききながら、ふと今日は祇園祭が催されると聞いた。成田祇園祭
先週、川端康成学会が専修大学であったので、昼休みは神保町でカレーを食べようと決めていた。久しぶりの神保町は5年前と少し雰囲気が違う。特にトレードマークである三省堂書店がなくなったことが大きい。専修大学から汗をかきながら坂を上り、目指すエチオピアカレーに着いたときは、すでに20分ほど経っていて、あと40分で次の講演が始まってしまう。そんな中、ぱっと行列が目に入ったときはがっかりときた。上階から細い階段までずらりと伸びた行列は、道路まで伸びている。ああ、ここまで来たのに、この行列
夏休みに、台北から飛行機で成田空港に降り立った。東京駅の構内で立ち食い蕎麦屋を見つけて、心が躍った。大きなキャリーケースをぐいぐい引っ張りながら蕎麦屋に近づく。外の券売機でわかめうどんを注文する。そういえば、券売機って台湾ではあまり見かけないな。割り箸を割るところから、私の日本が始まる。きつね色のだし汁をまずは口に含む。ふわっと香る鰹節。うどんののど越し。ああ、これをずっと求めていたんだと、思わずにやけてしまう。グローバル化した現在では、台北でもうどんを食べることは可能である
こんにちは、いつも記事を読んでくださってありがとうございます。 今日はプライベートなお願いです。 いま、リサーチアシスタントとして関わっている研究にぜひオンラインアンケートという形で参加していただけたら嬉しいです。18歳以上で日本語を理解できるひとであれば誰でも歓迎です。 以下、詳細とリンクです。 ////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
冬休み、帰国しないで暇そうにしているベトナム人を誘って、大学の図書館で一緒に小津安二郎監督の「秋日和」を見た。 きっかけは、彼が日本の文化に興味があるということで、私が好きな監督の映画を一緒に見ることになったのだ。 jullias suzzyさんのこの記事を読んでから、ずっと小津安二郎映画が見たかった。 図書館の閉館時間が途中できてしまったので、最後までみることはできなかったが、彼の評価は低かった。 感想を尋ねると、プロットがないと言っていた。イントロダクション、ひねり、ク
最近恋人ができた男友達から、「遊びにいかないか」と誘われ、彼女と遊べばいいのにと思っていると、どうやら彼女はいま台北にいなくて彼は暇らしい。 夕食後、マックに入って、ポテトにアイスクリームをつけながら恋愛関係の話になった。 I love youと彼女にいったのかと友達に聞けば、まだだという。彼女の方からは、言ってくれたが、「僕からはまだ愛の言葉の重みをお互いに理解するまで言えない」らしい。さらに、彼はアメリカ人なのでアメリカ人がいかに軽々しくI love youを言っている
いま大学は冬休みである。閑散としたキャンパスを歩いて、図書館に行き、フロアーにひとりかふたりしかいない閲覧室で論文をかいたりしている。 冬休みになる直前の一週間、5人ぐらいのひとに「日本に帰るのか?」と聞かれた。帰る予定はないといえば、決まって「なぜか」と聞かれる。なんとなく帰らないだけで、明確な理由はない。なぜかときかれるたびに、適当な理由をでっちあげて納得してもらっている。 冬休みに入って最初の一週間は、「旅行に行かないのか。台中とか台南とか」と3人ぐらいの人に聞かれ
私はいま、自殺とメディアを修論のテーマに据えている。 もともと、映画をみるのが大好きなので、映画の研究をしようと思ってコミュニケーション学部に入学した。 しかし、入学したての9月に、せっかく台湾にいるのだから、台湾でしかできないことをと思って、台湾の選挙を外国人がどうみるのかに変更した。しかし、台湾の選挙を取り扱うのは、台湾の近代史の知識も必要で、結構難しいと気づく。 先生はオンラインゲームでの誹謗中傷を研究テーマにしている。あるとき、なぜそのテーマを選んだのですかと聞
男友達に恋人ができた。喜ぶべきことなのに、素直に喜べない。私と友達との関係がこれを機に変わってしまうのだろうなという不安もある。 「彼氏の女友達」という一番いやなポジションに自分が収まりたくないので、すこしずつ距離を置きたいと思っている。かなしい。
言いたい言葉を飲み込むうちに喉がただれてきた。 気分が良くなるために話したい自慢話、愚痴、不満、あげつり、どれも口から出して空気をふるわせる必要のない言葉たち。聴衆を必要としない言葉たち。 それらの言葉は熱くて刺々しいので、飲み込むのは大変だ。 何か抜本的な治療をしないと、いつか飲み込めなくなって、ぼろぼろと口から汚物のような、人を嫌な気分にするような言葉がとめどなく溢れ出てしまいそうで怖い。
授業にゲストスピーカーが来た。ゲストスピーカーは英語がそこまで堪能ではないので、受け持ちの先生が中国語から英語に随時通訳してくれる。 ふと、後ろの席に座っていた台湾人が話しかけてきた。「もし先生の通訳がなかったら、何言っているかわからない?」と。「うん、ぜんぜん」というと、「だから、中国語を学ばなきゃだめなんだよ」と言われた。そして、彼女はそのあとを続けることなく、会話はそこで終了した。 私はその場でおいてけぼりにされて、講義の内容に戻る事も出来ず、ただただ彼女の「だから、中
キャンパスで知り合いとすれちがって、こちらは気づいているがあちらが気づいていないとき、しかもヘッドフォンをしているとき挨拶をしていいのか迷ってしまう。 ヘッドフォン装着は、話しかけるなという世界共通のルールだとだれかが言っていた。例えばカフェで集中して勉強しているときとか。 そして前述の場合だと、おはよう、と声をかけて相手にまったく届かなかったとき、私のおはようが空をただよって死んでしまうのが悲しい。まわりに人がいたら、少し恥ずかしい。 とはいえ、挨拶をしないで無視して
母がふとしたいきさつで、「結局誰と結婚しても、同じかもしれないね。結婚生活がうまくいひくとは、だれとでもうまくいくし、うまくいかないひとはうまくいかない」というようなことを言った。 もし母が父と結婚しなければ、私が生まれなかったはず。もっといえばあの日、母も父も長い一日の終わりに疲れ果てて、月が光を投げかえている青いベッドの上で、ただ手を握りあって眠っただけだったら。 すこしでも時間がちがえば、私は生まれなかったはずで。そうすればいま目に見えているすべて、パソコンの画面も
先日、大学のときの友人と電話したときに「そういえば、授業は全部英語なの?」と聞かれた。「そうだよ」といえば、「無理でしょ?」と笑われた。 たしかに、無理なはずなのに、どうして一学期は生き残れたのかとふりかえってみる。 1.分からない授業は無視する 基本的に、授業は半分しか聞き取れない。先生がジョークを言って、みんなが笑っても、私はひとりきょとんとしていることがある。 分からない部分は、どうしようもないと思う。だから無視する。先生が大事なことを言っているのかどうかは、表情や
同じ寮に住んでいる台湾人の大学院生が私のために手作りの特製ドリンクを作ってくれた。身体と目にやさしいらしい。ありがとう。