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私を射抜くもの


随分とキレイに踊る子だな、それが彼女の第一印象。
後ろ腰にエビアンを挿しどんな音にも乗る。

平日深夜の閑散としたクラブで自然と顔を合わせるようになり仲良くなった。 

週末のクラブではafterと呼ばれる営業時間を超えてのイベントが開催されることが多い。

その日は珍しく2人ともafterまで踊り、始発ではなくいつもより少し遅い電車で帰宅することになった。暗い地下から階段を上がる。重いドアを開けた瞬間に太陽の光が瞳孔を軽く刺す。

日常に戻った証だ。

たわいもない会話をしながら駅に向かう。車内はさほど人も多くなく、彼女は何の迷いもなく優先席に向かった。私は彼女とまだ話したくて隣に座った。


ほどなくして1人のおじさんに怒られた。
若いのだから優先席に座らずに立てと。

車内を見回す。優先席はおろか、普通席も比較的空いてる。良くいる「俺が若いもんにルールとマナーを教えてやる」系の匂いを感じ、私は離席しようとした。それを彼女は制し、左足のジーンズを少し捲り上げた。


義足だった。


おじさんに湧いた恥ずかしさと怒り。
当然ごととして見ていた乗客の動揺。
夏だというのに冷房より冷たい何かが身体中を巡る。


最初に静寂を破ったのは、おじさんだった。援軍を求めるかのようにさらに声高に叫ぶ。

義足は座っていても良いが、私は立てと。


それを聞いた瞬間、彼女は静かに爆発した。
「あのね、ウチら朝までバカみたいに遊んでたの。そこに義足かどうかは関係ないよ?悪いのは一緒」そう言って私の肘を掴み窓ぎわに連れていった。

そして車窓から見える太陽を見て彼女は綺麗だね、とだけ言った。 

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  あれからもう4年経つ。未だに彼女が仲間内にさえ内緒にしていたことをなぜあの場で開示したのかはわからない。

ただ、新緑が眩しくなるこの季節になると思い出す。
いつも通り取引先を回り、観賞植物のメンテナンスをしているんだろうなと。


お礼

書けない鯖.に具体的かつ、内容の濃いフィードバックをいただいた上記3名のTOPクリエイターさんに心よりお礼申し上げます。

また、素人でもこのような経験をさせていただける機会を設けてくださった下記、濱本 至さんにも重ねてお礼申し上げます。

ありがとうございました。
お時間を割いていただいた効果が少しでも反映されていたら嬉しく思います。