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理想の冷やし中華を求めて。

柳沢きみおが「大市民」に書いていたが、自分で作る方が店のものより旨いものがふたつあるという。それが餃子と冷やし中華だ。まったく同感だ。
つまり、店のもの(プロ)や市販のもの(企業)そのままではなく、自分の好みにとことん合わせたほうが旨い料理というものがあるのだ。

特にわたしが激しく共感したのは「冷やし中華」である。
餃子は奥が深いので、後にまた書き綴りたいと思う。
とにかく冷やし中華ほど、みんな大好きなのに、お店で提供されるものに不満があるという料理も珍しい。それでも私たちは冷やし中華に魅かれずにはいられない。
まず、飲食店における冷やし中華は季節ものだから、暑い夏場に登場する。
店頭に「冷やし中華はじめました」と書かれたポスターや張り紙があると、夏の暑い昼時などはつい無意識に足が入り口に向かってしまう。
とにかく暑いんだから、スルッと喉越しの良い麺類がいい。でも湯気の立つ熱々スープに入った麺なんか死んでも食いたくない。盛り蕎麦なんかじゃチカラが出ないし、流行りの汁なし麺などは涼味に欠ける。

大好きなのに不満だらけの料理。それが冷やし中華だ。

そこで期待して冷やし中華を頼むのだが、どんな店に行っても100%満足したことがない。わたしだけじゃなく昔から多くの人に言われているいちばんの不満は、「冷やし」ではなくて「常温」じゃねえか!ということだ。
これは不思議な現象で、実はみんなわかっているのだ。生まれたときから夏を迎えるたびに何杯も食ってきた。その都度、ああやっぱりと裏切られてきたのだが、記憶の中では「冷えたつめたい麺」としてなぜか記憶されているのだ。

次の不満は載せる具にある。黄金の三大冷やし中華の具としては、キュウリ、ハム、玉子であろう。ハムの代わりにチャーシューだったりする場合もあるが、問題は量である。どう考えても麺との比率で具が多い。ちょっと意識の高い中華屋に行くとトマトのシャットやボイルした海老なんぞが更に乗ってきたりする。よってこういう店はおしなべて値段が高い。「サラダ食いに来たわけじゃねえんだよ」とココロの中で悪態をつきながら黙々と食べ進めることになる。

あと、スーパーなどにある市販の物のほとんどに言えることだが、付属の液だれが少なすぎる。わたしの感覚では現在の倍で良い。家で作ったほうが好きに作れるから重宝していたが、この液だれ少な過ぎ問題のため、もう何年も買っていない。

できることなら理想の冷やし中華を、自宅で年中いつでも食いたい。

冷やし中華に関する逸話はたくさんある。昔、冷やし中華は季節もので、冬場には店頭のメニューから消えた。これに不満を持ったジャズピアニストの山下洋輔などが「全中連」と称して一年中冷やし中華を食おうという啓蒙運動を展開した。
実はこの活動にはベクトルが働いていて、当時は冷やし中華は家で作れるものでなかったから、つまり飲食店に対して「一年中、店に出せ」という圧力をかけることが裏の主旨だったのだ。
現在ではスーパーに市販のものが一年中売っているし(流石に冬場は少なくなるが)、お店でも通年で出すところも増えてきた。いつでも食べられる環境にはなってはきているのだ。しかし、問題の本質はいまだに解決されていない。
やはり自分で作れるようにならないと、この先の人生も通年通りの、不満を持った夏を迎えることになる。

そこでわたしは相棒である凄腕の中華料理人の施さんに、冷やし中華の作り方を、おそるおそる訊いた。どうしてビビっていたかというと、「難しいぞ」と言われることを想像していたのだ。既成概念として、冷やし中華は自宅で素人が作れるものじゃないと思っていたからだ。
すると施さん「本気バージョン?それとも、なんちゃっての簡単バージョン?」ときたもんだ。「ワタシでも作れる、超簡単バージョンでひとつよろしく」ということで、実践してもらった。

さっそく施さんはワタシの自宅にある調味料棚をあさり、「袋麺あるよね」と聞くので、マルちゃん正麺の醤油味を出した。「これのスープだけ余らせちゃうけどいい?」というので、全然いいと返した。すると、平均以下の品揃えを誇るワタシのキッチンで、いとも簡単に冷やし中華を作ってしまった。10分も経っていない。
それはただインスタントの麺に即席で作ったタレをかけただけのものだったが、冷蔵庫にあったチューブの和からしを溶かして食べたときの衝撃は凄かった。
「冷やし中華じゃん!」
そのときのタレのレシピをここで公開しておこう。

めんつゆ(2倍濃縮)大さじ2
ポン酢 大さじ1.5
砂糖 小さじ1
ごま油 小さじ1
※めんつゆ3倍濃縮の場合はポン酢と1:1にする。

以上である。施さんはこれらを混ぜ合わせ、茹でた麺をじゃぶじゃぶ洗い、水気を切ったのにぶっかけただけのものを差し出したのだ。「基本、これだけで冷やし中華になるよ」と不敵に笑う施さんはこう続けた。「このタレにゴマだれを足せば簡単に冷やし中華のゴマだれにもなるね」と。あと「具はともかく、和からしと紅ショウガがあると、気分的に盛り上がるよね」と続けた。その後、興奮したわたしと施さんは、冷やし中華における具の問題と全体バランスについて熱く語り合った。「昔ながらの冷やし中華を、一度きちんと定義しよう」ということになり、動画撮影をすることになって、ふたりだけの遊びのプロジェクトも始まった。

わたしはこのレシピを知ってから少なくとも10回以上、自分で作って食べている。毎回思うのは、このレシピは自分にとって宝物であるということだ。長年の冷やし中華の不満を解消するとともに、いつでも気軽に作れるというココロの余裕。
すると日常で、どれだけおいしく、かつ手を抜けるかに執着しはじめた。
まず、わたしは近所のハナマサで、生の中華麺を買ってくることにした。袋麺のタレだけ溜まっていくのがやるせなかったのだ。しかも後に気づいたのだが、値段も生麺(5食入り)の方が断然安い。
さらに素の冷やし中華もいいが、やはり何か具を加えたい。
そこでひとつの方法として、別皿にハムエッグを作った。基本の具材のハムと玉子を別の形で一緒に食べるだけだ。ちなみにわたしはハムエッグは醤油派だ。だから基本的に合わないわけがない。これはこれで満足感があり、洗い物は増えるがいまでもたまにこれをやる。錦糸玉子より楽ちんだし。
次に考えたのはきゅうりだ。「サラダ食ってるわけじゃねえ」と悪態をついていたわたしだが、やはり、三大冷やし中華の具の中で、いちばん重要なのはきゅうりなのではないかと、ハムエッグ別添えを繰り返しているうちに思うようになった。
そして、実行。
結論。わたしの勘は正しかった。冷やし中華の持つ重要な涼味はきゅうりによってもたらされていたのだ。きゅうりはできるだけ細かいほうがよい。もちろん自分好みで量は調整する。これはこれで手抜き冷やし中華として、わたしの中では定番化している。

具はきゅうりだけのミニマルな冷やし中華

こうして、冷やし中華を愛する者として、自分なりの決着をみた。
まず、タレのレシピさえ覚えてしまえば、自分なりの理想の冷やし中華は作れる。
また、正統な冷やし中華は三つの具を持って「正調」としたい。それはきゅうり、錦糸玉子、ハムである。チャーシューではなくハムにした理由は心象風景にある。どちらが昔ながらといえるかと問われたら、間違いなくハムに軍配が上がる。この三つを正しい細さに切り、適切な量が麺と混ぜ合わさったときの食感と鼻に抜ける香りこそ正統な冷やし中華である。
さらに、冷やし中華の基本構造を理解すれば、手抜きやアレンジは本質的な満足感を損なうものではない。きゅうりだけの時も、また、麺だけの時もいまだにある。またこれは掟破りだが、とことん冷たい冷やし中華を欲するとき、タレを濃い目にして氷を数個入れるという荒技を使うときもある。
結局わたしは中華麺が好きなのだなと、しみじみ思う。蕎麦もうどんも素麺もスパゲッティも好きだが、中華麺を愛してる。別に粉や製法にこだわらなくてもよい。それが今回冷やし中華を深く考察することでよおーくわかった。
マツコ・デラックスは中華麺をざるそばのように、めんつゆとわさびで食べるという。具は一切ない。この気持ちがわかる。

お家で作る、簡単ながら正調な冷やし中華。

【材料】1人前
生中華麺(細麺)1玉
玉子 1個
きゅうり 1/4本
ハム 2枚
片栗粉 少々
炒りごま 少々
サラダ油 大さじ1

簡単な冷やし中華のタレ
ヤマサめんつゆ(2倍濃縮) 30cc 大さじ2
ポン酢 20cc 大さじ1.5
ごま油 5g  小さじ1
砂糖 3g  小さじ1

薬味はお好きにどうぞ。
からし
紅生姜
炒りごま
 
●玉子・きゅうり・ハムを切る。

●錦糸玉子を作る際、玉子に片栗粉を少々入れてから焼く。玉子は1個なので小さめのフライパン(20cm)だとちょうどいい。
※玉子をかきまぜるとき、片栗粉を入れると破れない。
※焼きあがったらすぐにひっくり返した皿に乗せる。するとすぐに熱が取れる。

●めんつゆ・ポン酢・ごま油・砂糖をボウルで合わせてタレを作る。
※砂糖がポイント。こいつがコクを出します。家庭でできるいちばん簡単な冷やし中華のタレ。これにゴマだれを加えると「冷やし中華のゴマだれ」です。

人生の宝物。わたしにもう怖いものはない。

●麺を茹でる。
※時間は記載(1分半)の1.5倍。よって2分とちょっと。(2分15秒)かならず沸騰してから麺を入れる。

●麺を洗う。絞った後に作ったタレを少しかけまわしておく。
※ほんとかよと思うくらいゴシゴシ洗い、ぎゅっと絞る。これでヌメりとカン水臭さをとる。絞るのは味がボケるから。
※洗ってすぐにタレをかけまわしておくと、盛り付けるときに麺がくっつかない。

これでもかというくらい、ゴシゴシ洗う。

●麺を盛り付け、具をのせて紅生姜とからしを添える。最後に炒りごまをパラパラとふりかけて出来上がり。食べるときに作っておいたタレをかけまわして食べる。

https://youtu.be/NxRXmHq1aN8?si=sEdUpCHWgqKLJLs2


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