おもちゃ捨てちゃう?


「ママも、おもちゃ捨てちゃう?」

膝の上でテレビを見ていた息子が振り返る。下がり眉毛がいつも以上に下がってる。
突然どうしたんだろう。ぼんやりしていた私は慌ててテレビを見る。ああ、なるほど。
そこには、おもちゃを散らかしたままおふざけ中のしんちゃんと、ガミガミ怒ってるみさえが映ってた。


「ママは、捨てないよ」
「なんで?」
「君のおもちゃは君のものだから、勝手に捨てたりしない」
「そうだよね!やっぱりママは僕のしんゆうだね!」

最近覚えたお気に入りのセリフと、さっきよりも少しだけ上がった下がり眉毛。

記念日ごとに増えていくおもちゃはもちろん、公園や道端で拾うBB弾や石や枝。なにひとつ勝手に捨てたことはないし、息子が手放したものをまだ使えるからと元に戻したりもしない。


昔、片付けなさいと言われるたびに憂鬱な気持ちになった。
迷いながら不要だと判断して袋にまとめたものを、母にチェックされ続けた過去が苦い。

「これまだ使えるじゃない。これも。もったいない」

次々と袋から出される私の不要品。黙って見ていることしかできなかったあれは、なんの時間だったんだろう。片付けなさいと言われてその通りにしてみても、不要だと感じたものですら私の思い通りにはならなかった。

母から離れて暮らすようになったとき、その反動もあっていろいろなものを手放してしまった。今振り返っても辛くて泣きそうになるくらい大切なものまで。
こんな目に合うのは私だけで十分。


「ママは捨てたりしないけど、いつも聞いてる」
「なにを?」
「これは捨てていいもの?とか、このおもちゃのお部屋はどこ?とかね」
「そうだね」
「じゃあ質問です。ママやお友だちのものを君が勝手に捨てるのは?」
「だめー!」

得意げに笑う息子の背中を撫でる。誰かの気持ちも、もしかしたら自分の気持ちも簡単には見えないかもしれないこと。どうか忘れないでいてほしい。

最後に大切なこと。

「もし誰かに君のものを捨てられそうになったら、『それはあなたのものじゃないから勝手に捨てないで』って伝えたり、聞いたりしてみたいなとママは思う」
「なにを聞くの?」
「『どうしてあなたのものじゃないのに捨てちゃうの?』って。何か理由を教えてくれるかもしれない」
「わかったー」

どこまでわかってくれたのか。わからないけど息子はスッキリした様子でクレヨンしんちゃんの続きを見ている。

自分の気持ちを言葉にするだけでも難しいのに、伝わるように言うのはもっと難しい。本当の理由を教えてもらえないことも多いし、教えてもらっても理解したり納得できないかもしれない。

ひとりで解決できない時は信頼できる人に相談してみようか。

息子がそんな選択肢を思いつくように、どれだけおもちゃが散らかっていようと、私は今日も脅したり勝手に捨てたりしない。

いちばん怖いのは「誰かのものを勝手に捨てるのは悪いやつだ」と決めつけて、相手の背景や気持ちを少しも知ろうとしない白黒思考。それが時には傷ついた心を癒してくれることも知っているし否定もしないけど。

受け入れられるかどうかは置いておいて、彼女にも彼女なりの理由があったんだろうなと、母を思い出しながら祈る。

どうか自分の物差しだけで他人の気持ちや行動を推し量ることに疑問が持てる君でありますように。